17、金箔 「不思議な万華鏡」 
                 (競作小説企画【 Crown 】第5回テーマ「キセキ」 参加作品)
 今も昔も繁華街や駅前には露店がでていて、乗降客や買い物客を相手に商売をしてい
る人が見受けられる。今ではアクセサリーや書籍・衣服の露天販売があるくらいだが、昭
和30年代ごろは一般的な日用品やおもちゃのような物も駅前で露店を開き売られていた。
時には【発明特許】【奇跡】とか言う「いかにも優れていますよ」と言わんばかりのうたい文句
が付いた一風怪しい商品も売っていた。
 
 昭和38年、埼玉のとある住宅地にある私鉄の駅前。この駅から毎日通学している女子高
校生、小林由子、15歳。本命だった地元の公立高校の入試に落ち、今年から滑り止め校と
して合格した私立高校に通っている。由子は高校生活に精一杯と言う感がしていた。何しろ
速い授業のペースについていけないし、学区が離れているため友人もいなかった。
(私は本当にこの高校を選んでよかったのかしら……もう少しがんばれば公立に入れたの
かしら……?)と疑問に思い始めていた。
 10月のある日の夕方。由子はいつものように電車を降りると、駅前に何やら人だかりが
できているのを目にした。
「何だろ……」と思い近づいていると、それは露天販売だった。
 脇にある看板や幟(のぼり)には【未来への奇跡!】【願いが必ずかなう!】【特許・未来万
華鏡】と云う美辞麗句が、これでもかと言うくらい書かれている。どうやら不思議な商品を販売
しているらしい。30代のやせている男の人が威勢良く啖呵を切っている。
「さあさあお立会い!手にしたこの万華鏡。そんじょそこらにある玩具とはちと違う。これを覗
くとあら不思議、あなたの未来がひと目で分かる。あなたの進む道が解決する!」
 由子の目から見てもごく普通の万華鏡だ。ただ、おもちゃ店で売られているものと違う点は、
この万華鏡には筒一面に金箔が貼られていて、中を覗くと金箔の破片が沢山入っているらし
い。見た限りでは金ぴかの万華鏡であり何の変哲も無い。
 まがい物だと判断しその場を立ち去るもの、半信半疑ながらも買って帰る人……多くの人が
立ち寄っては去っていく。
「さあさあ残り10個だよ。今ならこの万華鏡にあなたの身を守ってくれる金色の砂時計を付
けて100円でどうだ!」との売り声が響いた。
 由子は迷った。こういう露天販売は半分はインチキである。夕焼けの魔力と売り手の巧み
な話術でそれとはなくともついつい買ってしまうのが落ちである。
(どうせ嘘でも話の種に買ってみるか。買って本当なら儲けものだし、いかさまでもきれいな
金箔の万華鏡と砂時計なら部屋の飾り程度になる……)人気(ひとけ)が少なくなくなってき
た露天販売に由子は興味半分懐疑半分の気持ちで近づいていった。
「あと一個だよ!今ここで買わないと損するよ!ここで買わないと二度と手に入らないよ!」
と大声をかけている売人に由子は、
「あの……一個ください……」と100円札を出した。駅前は真っ赤な夕焼けに染まっていた。
「はい、毎度あり。……お嬢ちゃん、なにやらお困りのようですね」と流暢に話しかけてきた。
売人の目からすると由子の表情がどことなく彼の意に的中したみたいだ。
「そうですか……」由子は怪訝そうに答えた。
 売人は露店をたたみ、商品を小さいかばんにまとめながら、
「私は未来から来た不思議な売人。未来の技術を駆使して作られたこの万華鏡、あなたに
だけ特別な力を授けましょう」
 由子は話半分に聞いていた。すると売人は妙に親しみを込めて、
「本当の事をお嬢ちゃんにだけ話すけど、実はあの万華鏡は私が念力をかけないと効力を持
たないのだよ」と小声でささやいてきた。
 これを聞いた由子は、
「じゃあ、さっき今まで沢山の人が買って帰った万華鏡はただのおもちゃという訳?」と訊ねた。
 売人は薄笑いをしながら、
「その通り。箱の裏に書いてあるから見れば分かるんだけど、皆焦っているんだね……あな
たにはちゃんと念力を入れてあげますよ」と答えた。
 由子はほっとし、それと同時にこの売人に何となく親しみを持ってきた。
「そりゃそうですよ。邪な考えを持つ人には未来は見せられません。彼らは10割の確率で未
来の競馬の結果や宝くじの当選番号、さらには株価などを見て、『楽して大金を稼ぎたい』と
考えるとんでもない奴等ですから」と売人は鋭い目つきで語った。
 確かに未来を見る事によって色々悪用ができるし金儲けも出来るからな……と由子は思
った。そして売人に今の気持ちを告白した。
「……はっきり言って好きで入った学校ではないし、少しでも今の状況がよくなって高校生
活が楽しくなればいい……」と今の心境を言った。
 由子は自分でどうにかしようという事は好きではない、いわば消極的な性格なのである。
だからこそ友人もできないし、自分向上もできないのである。従って今の彼女は金箔で輝
いているこの不思議な万華鏡に藁をももすがる思いでいっぱいである。
「これを覗くと未来が分かるのですか?」由子は売人に自ら商品の核心に迫る発言をした。
売人は今までよりも積極的に話し始めた。
「これを覗くとあなたの未来が見えます。さらに強い念を持つと思い通りの未来の姿が見ら
れます。すなわち不可能な未来も覆ります。しかしその際は多少エネルギーを要します」
「本当に望みが叶うの?それと【エネルギー】とは?」
「未来ははじめから決まっているものです。それを覆す事は不可能であります。それを可能
にするのがこの万華鏡の生命力です」
 由子は意外な単語が飛び出てきょとんとした。
「万華鏡の生命力?」
「この万華鏡にこの先1ヵ月間分の未来を映す力を封じ込めました。けど未来を変える事
によって、私が注入した万華鏡の力から任意の割合で消費されるのです。つまりどうなる
かいうと、未来を変えるとその分だけ未来を覗ける時間が短縮してしまうのです」
 尤もらしい説明を聞いて、由子は何となく納得した。
「なるほど。じゃあ、未来を変えすぎたり、現実では叶えられない事を願ったらどうなるの?」
由子の素朴な質問を聞くと、売人は一瞬驚いたのか目をまん丸にして、
「ほお、面白い質問ですね……お答えしましょう。あなたにとってとてつもない望みを願った
場合、万華鏡が即時に能力を失い、更に使った人の命も失うでしょう。まあ、些細な望みで
したら万華鏡自身のエネルギーを消費するだけですのであなたの生命エネルギーの消費
は免除されます……」
(【生命力を費やす】か……)由子は多少恐怖に思いながらも売人の言葉を信じた。
売人はさらに、
「今回販売の品は100円の普及型の万華鏡ですから、値段相応の能力でご提供しており
ます。2009年現在、正規品の販売価格は5250円ですが、昭和38年と言う時代の物価を鑑
みた結果、普及型での提供をしています」
由子はこの売人が本当に2009年から時空を超えてやってきたのかと言う真偽はさておき、
いかにも尤もらしい説明だ。
 売人は由子に未来を映す万華鏡の簡単な使用方法を伝授すると、
「あなたの未来を覆すか否かは良く考えて使ってください。くれぐれも安易な考えで己の未
来を変えて命を粗末になさらぬよう……」と話した。
 最後に「おまけとして差し上げる砂時計にも念力を入れておきました。これはあなたが危
機に遭遇した時にだけ使ってください!もう一度忠告しますがくれぐれも命だけは粗末にな
さらぬようお気をつけ下さい……」と由子に念を押すと売人は夕闇の中に消えていった。
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