01  移動遊園地 
「夏の思い出」
  移動遊園地はアメリカでは今でも盛んに行われていて、簡単な出し物や小型で組み立
て式の回転式の遊具などを所有し、それらを広場などで広げて「簡易遊園地」として各地
を巡業し歩く業者が存在している。
  日本ではこれに相当するものは一応あり、例えば昭和30年代くらいなら、小型のSL列
車とか電気自動車とかの遊具を会場にもって行き、それらを客に有料で乗せるちょっとし
た移動遊園地的な催し物があった。また最近では各種イベントなどで時折見かける大きな
人形の形をした空気式のトランポリンのようなものもあるが、これも移動遊園地の一種で
あろう。
  海外のように専門の業者というわけではなく、祭りなどのイベントの時に主催者や有
志で小さい遊園地を広げる程度であったかと思う。もちろん移動遊園地の周辺にはたく
さんの露店がでて、ちょっとした縁日のようになっている箇所もあったという。

  昭和37年。岐阜県のとある地方都市。
  勿論当時は今のように娯楽が溢れているわけではなく、子供たちは自ずから身近な
物を使って色々工夫をして遊んでいた。
  それが故に年に数回開かれる祭りは当時の子供たちにとっては心躍るイベントであっ
たに違いない。何しろ普段何もない所に露店が立ち、沢山の店や遊具が集まるのだから。
特にこのあたりでは、夏になると1週間くらい市内の住宅地にある比較的大きな空き地に
移動遊園地が開かれるのである。
  現在のスリル溢れる遊具ではなく、素朴な遊具が多く、せいぜい敷地内を一周するSL
くらいしか目を見張るものがなかったが、それでも当時の子供たちにとっては夢のような
空間だった。
  その当時の一般庶民の生活水準からして、子供たちは今のようにたくさんのお金を
持っているわけではないので毎日は遊べないが、そこは運営している業者もちゃんと考
えてあった。
  この移動遊園地には、一般的な公園であるような無料の遊具も置いてあるのである。
主催業者側からすれば公園の遊具でも地元の子供たちが楽しく遊んでくれればいいか
と思っている部分があるらしい。
 またそれを一つのえさとして、(できれば有料の遊具も遊んでほしい)という主催者側の
魂胆もあるのかもしれない。
 市内には子供が遊べる広場はたくさんあるが、公園のように整備されたところはないの
で、移動遊園地が夏の風物詩として毎年多くの人が訪れるのも無理のない事である。

 その広場の近くに住む小学3年生、森田武司。当時の子供としては珍しく一人っ子で、
近所に遊び相手がいないのでいつも放課後は一人で遊んでいた。
 確かにこの時代は夕方まで子供同士で遊ぶ姿も見かけはするが、昭和30年代も終わ
りになっていくと、道路も交通量が多くなり遊ぶ場所も減り、また塾に通う子供が少しずつ
増えてきた時代でもある。
  夏休みに入り、今年も森田の家の前で移動遊園地が始まった。最近では電動自動車
の遊具を導入したり会場内をスピーカーで音楽を鳴らしたりしてそこそこの賑わいを見せ
ている。もちろん普通の遊園地ほどの楽しさはないにしろ、地元でそこそこ遊べるのが最
大の魅力である。
 けど地味であるため年々少しずつ来る来場者が減っているそうである。けれど子供には
まだまだ移動遊園地の魅力は薄れていない。
 森田が家で夏休みの宿題をしていたら窓から遊園地の無料遊具のところで6歳くらいの
男の子が一人で遊んでいるのが見えた。親の付き添いがないのでどうやら近所の子みた
いである。
 よく見るとその子の顔が何となく物寂しげに見えたのである。そうなると森田はその子の
事が気になってだんだん宿題が手につかなくなった。
 森田は自分の部屋の窓から外に出て、窓の側に常備しているサンダルを履いてその子
のところに行ってみた。そして思い切って話しかけてみた。
「ボク、どうしたの?」
 するとその子は、森田のことを知っているらしく、
「お兄ちゃん、あれで遊びたいけどお金がないので遊べない!」と指を指していった。指は
ミニSLの車両を指していた。
 確かに小さい子には小さいながらも石炭で走るSLは夢の乗り物である。けど10円の料
金は6歳の子供にとっては大金である。
 森田はポケットの中に10円玉が数枚あるのを確認して、
「今日は特別にお兄ちゃんがSLに乗せてあげよう!」と言った。
 森田がそう言った途端、子供は飛び上がって喜んだ。
 2人はミニSLの乗り場に向かい、20円を係員に手渡した。そしていよいよミニSLの出発で
ある。小さい車両にまたがった2人はしばしの間SLの旅を楽しんだ。
 一周500mくらいの短い距離ではあったが飛び交う景色や周囲にいる人の姿が走り去る
SLから見るととても新鮮に見えた。
 子供もずっとはしゃいでいる。普段よく見慣れてる広場でありながらまるで知らない町に
行ったかのように喜んでいる。森田は(今日はいいことをしたな)と思った。
 【SLの旅】を終えた2人は、ベンチに座って色々と話をした。年の差はいくらかあるものの
すぐに仲良くなった。その子は森田の同級生(女子)である町田さんの子であった。
 名前を町田次郎といい、名前の通り次男である。町田家では子供が次郎を含め4人もい
るので、長男は新聞配達をして生計を手助けしている。
 当時は子供が多いせいか、生活に苦しい家庭もまだまだ多く、働ける子供は配達などを
して生活費を稼いでいることがあった。
 森田の同級生の町田さんは級長(今で言う学級委員)をしているので森田のことを知っ
ていて、次郎は森田についてよくお姉ちゃんから聞いていたそうだ。森田はこれで合点が
ついた感じだった。
 あれこれ話しているうちに太陽も沈み、空はあっという間に夕焼けに染まっていた。2人
は移動遊園地の入り口で別れた。
 その夜、森田は宿題も終えずに家から出たとして親から叱られたのは言うまでもない。
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