最終日の昼になった。
そして最後のイベントとして急遽作ってきた即興音楽隊による演奏会が始まる時間だ。大ホールには、女性客や子供を中心に相当の観客が集まっている。
昨日作ったアイスクリームを片手に、みな銘々味わいながら、演奏会が始まるのを待っている。
音楽隊のメンバーはめいめい自分の楽器を持って、最後の練習をしている。
「よし、じゃあみんな! 失敗してもご愛嬌ってことで、楽しくやろうね」
アカツキは最後にメンバー全員にそう言って、メンバーは大ホールに入場した。用意された椅子に腰掛け、楽譜を確認する。
ピアノの練習は一通り何回かは弾いてみたが、完璧ではない綾香。
(……もう3日、せめてあと1日時間があれば)
そう思っていても時間は止まってくれない。
もともとあたしはスポーツ関係で大会に出場しているから、大会や試合のプレッシャーには体験した事があるが、いかんせん音楽と言うのは未経験だ。
アカツキさんやマミちゃん、その他のメンバーが「これは大会とかではないからリラックスでいい」とは言うものの、あたしの演奏が足手まといになったらどうしよう……と思ってしまう。
(まあ、何かあれば美貌で逃れる事が出来るけど)
大ホールで手作りアイスを食べている観客を横目に(私達の分は昨日の夜に食べたけど、本当においしかったわね)
私はそう思っていると、
「マミちゃん、本番なんだから余計な事は考えないほうがいいよ」
肩に居座っているチャッピーがつぶやく。
私は小声で、
「そうよね。今はこの演奏会に懸けているのだから」
演奏者達を見ると、それぞれが緊張感に満ちている。一番のメイン旋律をつかさどっているアヤちゃんは、今まで見た事が無いくらい硬くなっている。
(大丈夫かな?)と思っていると、
「なあに、このピアノは僕と仲良しになったから、少しぐらいとちってもどうにかしてくれるさ」
「そんな事を言ったって……きっと彼女の底抜けの明るさなら、きっと上手くクリアしてくれると思うよ」
「あれだけ緊張しているんだもの、頭と指とは思い通りにならないものさ……」
チャッピーは楽器を演奏しないので、気楽なのである。
話しているうちにも、司会の人が、演奏者と曲目の紹介をし終わり、いよいよ演奏開始だ。じっと視線が麻美に集まった。さあ、指揮者さんどうぞ。そうアカツキが笑いかける。緊張感が高まった――
私が指揮棒を持つと、演奏者は皆私を注目している。指揮棒を振りはじめると、それに合わせて奏で始まった。
譜面からちらと脇を見ると、ホールにたくさんの客が座っている。あたしの頭の中はほとんど真っ白になっている。(もう後はやるだけだ)
寄せ集めのにわか音楽隊とは言え、限りある時間の中で練習はきちんとした。照子は格闘で培われたリズム感ですぐに楽器になじむことができた。
本番直前、指揮者の麻美も、ピアノの綾香も緊張しているようだ。ウクレレのアカツキはにこやかにみんなに笑いかけている。
照子もそれほど緊張はしていない。元々人前に出て話す職業だし、格闘大会でも慣れている。打楽器のパートはさほど難しくないことも、リラックスできる要因だ。
(楽しめばいいんだよ)
照子はスティックをくるりと回して、鮮やかに手中に収めると、指揮者の方を見た。
マミちゃんが指揮棒を振った。あたしは最初の旋律を弾き始めた。とりあえずは最初のパートは間違わずに弾けた。演奏が得意ではないあたしも含め、他のメンバーの演奏もそれなりにさまになっている。
確かチャッピーが「皆の演奏がうまく行くようにサポートしてあげる」と言っていたけど、この事なのか?
そう思いながら弾いたその矢先、あたしはうっかりして譜面を読み違え、半オクターブ低い鍵盤を叩いてしまった。しかし、その音は鳴らず、代わりに本来弾くべき音階がピアノから鳴るのだ。
(これがチャッピーの力なのか!)
一瞬そのように思った。
さすがはチャッピーだ、世界一のハムスターだ、そしてそれをペットにするマミちゃんは凄い、とまで考えた。
けど、そのサポートも真面目に演奏してからこそのおかげであり、わざと半音高く鳴らしたら、今度はその音が鳴ってしまった。まあ観客も分らなかったみたいだし、この位は愛嬌だよね。
この曲はピアノが主旋律であり、打楽器はそれに軽く添える軽食のようなものだ。それでも他の楽器のリズムの目安になるのだから侮れない。
でも照子は、少々の失敗など気にしていなかった。いや、実際には失敗はしなかったのだが。
最初は緊張していたみんなも、次第に音楽を奏でることが楽しくなって来たのか、自然なハーモニーになって来た。主旋律のピアノにあわせてウクレレの伴奏が入り、太鼓のリズムがやたら心地いいなあと思いながら、バイオリンやフルートの音が重なる。
やがて演奏が終わる。
客席からは拍手喝采が送られた。
(うん、楽しかった)
照子は満面の笑みで観客に応えるのだった。
演奏者たちはぺこりとお辞儀をすると、退場していった。
「アンコール!」
無粋かな? と思いながらアリーは叫ぶ。
それに賛成した近くの人たちが、拍手を送るという形でアンコールを呼びかけた。
やがて、舞台にひとりのバイオリンを持った女性と、アカツキが出てきた。
再び静かになったホールでふたりは目配せをすると、一気に演奏を始めた。アイリッシュミュージックだ。軽やかなリズムでノリのいい民族音楽である。
そのリズムにあわせて太鼓を叩きながら照子が登場し、即席で演奏ができるレベルのある者たちがどんどんとホールに戻ってきて、好き好きにあわせ始める。
演奏の終わりに、綾香のピアノが鳴る。
ジャーン、ジャーン、ジャーン
きをつけ、礼、直れ。のお約束である。
みんな照れ笑いしていたけれども、とても楽しそうだった。
今度こそ大きな拍手が巻き起こり、台風のような三日間に幕が下りたのである――
急遽行われる事になった演奏会も、思ったほど上出来に終わり、ホールの観客から喝采を受けるほどであった。特にピアノを演奏した綾香はチャッピーのおかげもあり、上手に弾く事が出来、彼女の演奏に魅了した人もいたみたいだ。
こうして、人工島でのサミットは予定通り終了し、参加者達の多くが一路ハワイへと向かった……。
2人はハワイでバカンスを楽しんでいる。
人工島でいろいろあったが、その後のハワイの旅行は平穏無事に過ごしている。
ハワイでの楽しい日々はあっという間に過ぎ、参加者がそれぞれの国や地域に戻る日が来た。
アイス作りや即興の音楽隊で一緒になったアカツキさんとも別れ、10人弱の日本人参加者は飛行機で、一路日本へ向かった。
成田空港では、綾香の友人の涼子が出迎えていた。
「お帰りなさい!」
「涼子か。来てくれてありがとう」
「はじめまして。旅先で綾香さんに偶然知り合った杉野麻美といいます」
「あら、可愛い子じゃないの」
「綾香さんのお友達って真面目そうな人ですね」
「そうだ。なんてったって学校一番の優等生だから」
「麻美さん。綾香は見た感じ派手そのものの子で…旅先で破天荒な事をしていませんでしたよね」
「ハテンコウって何だ?お線香なら知ってるが」
綾香の無意味なツッコミに無視する2人。
「いいえ、綾香さんは至って普通でしたよ。しかも色々な場面で頑張っていたし」
「即興で作った音楽隊では、難しい曲をピアノで演奏したよ」
「あら、このハムスター喋れるんだ」
「僕はチャッピーと言います。神の啓示を受けた由緒あるハムスターです」
「麻美ちゃんのペットって凄いね」
涼子は麻美とも仲が良くなった。帰りの電車の中でも旅行の事などで談笑した。
千葉駅。千葉に住んでいる麻美は埼玉に住む2人と別れて自宅に帰らないといけない。
「埼玉と千葉なんだから、会おうとすれば会えるし、メールでいつでも話が出来るよ」
「そうだね」
と言って、メールアドレスを交換すると綾香と涼子は東京行きの電車に乗りこんだ……。
綾香と麻美は時々東京で会って食事やショッピングを楽しんでいる。今回の旅行では2人にとって実りの多いものだった事は言うまでもない。
【完】
〜 競作小説企画 「タイフーン」参加者 〜
印玄さま、花南さま、てりこさま、千石綾子さま、楠瑞稀さま、K.S