西暦2009年7月末。学生は夏休みを迎え、社会人も暑い夏の到来を感じながら各々の生業に力を注いでいるころ。
 各世界、次元、国の人々に手紙が届いた。文面はこうである。
―夏のサミットにぜひ参加を。参加者には1週間ハワイのリゾート施設宿泊券付き。場所は"扉"を経由した地球のエルサントスバドル島(架空)と呼ばれる孤島のホテルです―
 手紙と言うよりはもはや一通の広告が封筒に入っていたのである。地球の世界各国、遠く離れた宇宙、他にも階級を問わず、名家から、普通の住宅、アメリカのマフィアまで、まるでばら撒かれるように手紙は拡散していった。
 つまりである。交流会に参加すれば、地球にいる人間なら誰もが羨むハワイでのリゾートを満喫できる上に、金はかからないし、何よりも人数制限が無い。恋人と交流会後のバカンスを楽しむもよかろうし、純粋にサミットで友人を作るのも大いにありだ。
 何よりもタダでのバカンスというのは魅力的である。しかし、それ故に金の問題が臭う企画。様々な思惑も交差するもの……。
 とはいえ、アメリカ西海岸沖のエルサントスバドル島にて、ここに至上稀に見る大サミットが開催されようとしていた。
「USウェスト・ライン重工業社のサミットへようこそ」
 金髪に蒼い目の社員と思しき美人女性が参加者に対して丁寧な挨拶を行っている。参加者は既に数百人を超えている。各世界の参加者達は異なる言語に 対応するイヤホン式のバイリンガル装置を受け取って耳に装着しながらホテルへと入る。
 そして参加者達はホテルに入ってすぐのロビーに集合。ロビーとは言え、王侯貴族御用達ホテルレベルの広さはある。ざわめきが少し落ち着いてきたあたりで、眼鏡をかけた男が設けられた壇上に上がった。
「えー、皆さん。本日はお集まりいただきましてありがとうございます。私がアブドール・ビーツェです。今回我が社の企画したサミットにお集まりいただきましてありがとうございます。この企画は、各世界の人々が集い、交流する事で新たな世界の友好を築くべく開催されるものであり、皆様にとってよい思い出となることを祈り、挨拶とさせていただきます」
 拍手を受けて、眼鏡の男ことビーツェ社長は壇上から降りた。かわって先ほどの女性社員が企画の説明を始める。
・サミットは3日間。その間の行動範囲はホテルからその周りの居住区の半径四キロとします
・ホテル内の施設、居住区にあるサービス施設の使用は自由です
・武器の所持は認めますが、違法な使用をした場合は全責任は本人が負う物とします
・参加人数の制限はありません。招待状が参加権となりますので、招待状を持参ください
・会場内での事件に関しては、主催者側は一切の責任と保障を負わないものです
・施設を無法に破壊しないでください
・一時間後に会食があります。参加者は指定のカフェへどうぞ
 と、基本的なルールと連絡事項はこれぐらいである。主催側が解散を告げると、参加者は嬉々として己の目標を達成する為に
思い思いの場所へと散って行く。いよいよサミットの始まりである。

 サミットの説明会が終わり、参加者めいめいがそれぞれのところに散っていった。
「沢山の人がここに集まっているんだね」
 生まれて初めての海外旅行にしてはなかなかの立地である。長時間の機内もそれほと辛い物ではなく、半ばVIP待遇にも言えるサミット参加、これも日ごろの行いがよかった事のご褒美なのか?
「そんなこと無いよ。マミちゃんは、ボクのような神々の導きによってここにいざなってくれたのかもしれないよ」肩の上にちょこんと座っているチャッピーがこう話した。
「全く、あなたったら『全てボクのおかげですよー』と言っていればご機嫌なんだから……」口では皮肉っているものの、麻美にとって神の啓示を受けているチャッピーがいれば、とりあえずは危機も回避できるだろうし、いざとなれば彼女の能力である動物や非生物からの助言を聞いて行動すれば、3日間を平穏にかつ楽しく過ごせるだろうと思って連れてきたのである。
 ロビーではサミットの主宰者であろう社長と刀を携えた青年がなにやら話している。二人とも結構大声で話していたので自然と麻美の耳にも入ってくる。
「警備だの武器だのと穏やかでない事を言っているが……」麻美が少し心配していると、
「社長が言うには警備がしっかりしているから暫くは何も起こらないでしょう」とチャッピーが説明してくれた。
 確かにアメリカは銃社会である。ふと〔郷に入れば郷に従え〕ということわざを思い出した。
2人が通路の奥にいくのを見て麻美も、
(とりあえずホテル内を見学してみましょう)と思い、エレベーターホールへと足を運んだ。
 麻美はエレベーターホールに向かおうとした。しかしホテル内にはろくな案内板が無いがゆえ、どこを歩いてもそれらしきものが見つからない。
 通路を歩いているうちに、何人の人たちが集まって談笑をしている場所を見つけた。目の良いチャッピーがすかさず麻美に情報を伝える。
「あそこは売店みたいですね。まあ昔から商いを行う場所は人と人との交流の場ですから」
 麻美も早速売店へと向かう。日本人の男女数人と異邦人らしき男性が楽しく語らっている。
 するとまるでモデルのような女子高生が麻美に向かって、
「あんたもここにおいでよ!この店のものは全部タダなんだって。どうせ食事会まで時間があるからここでなんか飲んでいけば!」
 なんと元気の良い子なのだろう。
 麻美はエレベーターに乗って階上から海を眺めようとしたが、当座は情報集めが大切だ。数人の男女に挨拶をして、店内に入った。
 いまどきハムスターを肩に乗せた少女は珍しいのか、茶髪の男性がチャッピーの頭をさすった。
「ボクはぬいぐるみじゃないよ!好き勝手に触らないで!」
 喋るハムスターに驚いたのか、青年はその手を引っ込めた。
「うわ、ハムスターがしゃべった!」
 アカツキはびっくりして手を引っ込める。
 女の子は何も不思議なことはないとばかりにこっちを見ている。「扉の先は何があっても常識では」測れないとうちのボスが言っていたが、まったくそのとおりだ。
「まあ問題が何か起こったとしても、ここは孤島だし、僕らじゃあどうしようもないんだから」
我ながら情けないと思いつつ、ハハハとアカツキは笑う。

 ロビーから次々と人が減ってきている。とりあえずフロアの周辺を目的もなく歩いている少女。
「なんだかものすごいとこに来ちゃったみたいな……」
 何もする予定の無い夏休みをどのようにして過ごそうか……と思案していた矢先に飛び込んできた一通の手紙。詳しい説明もなくただ単に【完全無料】の文字と美辞麗句がちりばめられたリゾートホテルのサミット会合とハワイ旅行の招待状を手にした直後から、彼女の頭の中には生まれてはじめて行く海外旅行とバカンス三昧の楽しい日々で一杯だった。
……しかし想像と現実とは違っていた。
 ロケーションはアメリカ西海岸沖ということで文句ないのだが。
だが、参加している人が多種多様なのだ。日本人は何人か参加しているものの、海外や国籍不明の人も集まっている。中には武器を所持している人も居るとか……。
 まあ見た感じはどの人も悪人のようには見えないから、よほどのことでない限りは事件には遭遇されないだろう。万一危機にさらされても、類稀なる美貌とお 得意のお色気である程度は回避できるだろう。日本のように安全この上ない地域ではないと分っているので、行動はある程度は慎まないとな、と感じた。
 豪華な機内食を戴いた後なのでお腹は空いていないが、興奮と緊張から喉が渇いてきた。
 通路の突き当たりに売店があったので、綾香は店内に入り何か飲むものは無いか探した。流石は消費大国アメリカ、極彩色のパッケージに入ったジュースを選びレジに向かった。
 店員は、
「ここの商品はあなた達のために無料で提供しております。お気軽にお立ち寄り下さい」との事。とりあえずこの場所なら身の安全は保てると判断した。
 ジュースを飲みながら売店周辺を見渡すと、彼女と同じような考えを持っている何人かの参加者が集まっていた。売店なのに買い物をしている者は少なく、その場でみんな会話しているようだ。
「アリー、もう少しここにいる?」
「え? うん」
 甘いものが大好きなアリーはアメリカのお菓子を物ともせずに食べている。アカツキは周囲の様子を探るために、近くにいた日本人に話しかけた。
「こんにちは」
 にっこり愛想笑いなんぞしつつ。
 さてさて、彼女は友好的だろうか。
 誰かがあたしに対し挨拶をしている。
 こういった空間は下手に一人で行動をするよりは、他の人と一緒に行動をしたほうが安心。特にあたしはこのサミットに一人で参加した身。相手は見た感じあたしと同年代の男性のようだし、結構穏やかな顔つきだ。
「こんちは」同じように挨拶をすると相手も愛想を振りまく。
(どうやらやさしそうだ。しかも茶髪で結構イケメンだし)
 相手からの発言を待たずに、
「あたしは日本から来た松田綾香よ、アヤって呼んで」とわざと胸元を開けたブラウス姿で微笑みながらお辞儀をした。
日本に居れば、普通の10代男性なら胸の谷間を見せればかなりの確実で落とせるのだが……。
「アヤさん……」
 彼女の名前を確かめるように呼び、そして視線が思わずブラウスの谷間に行く。慌てて視線をずらす。
 瞬間、彼女の頭の中の思考が流れ込んでくる。
 彼女は誰かといっしょに行動したがっていること、そして自分は落としやすいと思われたこと。
(トホホー)
 まあ男ですから、まったく下心がないと言ったら嘘だけれども。苦笑いをして、アヤに手を差し出す。
「日本からひとりで来たの? 僕の名前は珂・明暁(オル・メイヒウ)。みんなにはアカツキって呼ばれている。よろしくね」
 少なくともアヤからは、誰かをハメたりするような悪意は感じられない。知り合っておくのはこういう人がいいだろう。
「会場の最初の説明でさ、みんなけっこう警戒しているみたいだけれども……こっちから踏み込まなければ、滅多なことは起きないと思うんだ。だからどうせだし、この旅行、楽しめるといいね」
 にっこり笑ってそう言ってみる。
 あたしは、アカツキの言葉を信じ、
「そだね。せっかくアメリカに来たんだし、何も起こらない事を信じ、ここで目一杯楽しみましょ!」とウインクをした。
アカツキがあたしの魅力に対しある程度困惑しているのが、彼の精一杯の対応で手に取るように分る。
 ふと、お菓子を食べ終わったアリーがこっちにやってくる。アヤを見て
「このお姉ちゃん、おっぱい出てる」
 と呟くので、アカツキは思わずアリーの口を押さえた。
「いや、そのう……すみません。正直な子であって、けっしてあなたのおっぱいに着目したわけでは……」
 あたふたと言い訳しているアカツキ。
 こう話している最中にも売店には何人かの参加者が集まってきている。ここに集まっている人たちにも挨拶しようか、と思っていると、館内放送が一斉に入った。
『ディナーパーティを開きたいと思います。ホテルの複数の会食施設にて様々な料理をお楽しみください……』
これを聞いて、
「そうか、説明会で確かに一時間後に夕食会が開かれるとヒゲのおっさんが喋っていたな」
 彼女特有の大声で話す独り言を周囲の人々が聞いている。何箇所かで笑い声やささやき声が聞こえているが気にしない。
「旅の楽しみはヤッパ食事だな。ホテルの食事となるときっと世界の名物料理の食べ放題になるんかな?友人たちには悪いけどあたしだけお腹一杯料理を楽しもっと!」
 あたしは独り言をつぶやきながらディナー会場に足を運んだ。どうやらそれぞれ特徴のある料理ごとに会食施設が分かれているらしい。
「和食も良いけど、せっかくアメリカに来たのだから本場のアメリカ料理を食べてみたいな……」とつぶやいていると、その後ろからハムスターを連れたあたしより若い女の子も歩いていった。
「あたしと一緒にディナー会場に行こっか?」

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