美佳は本当に心臓が破裂する思いだった。前のアパートにも新聞の勧誘は来たけどこんなに凄味
のある(恐ろしい)人が来たのは初めてだった。
新聞業界は競争が激しいということは良く知っていたが、まさかこんな人を雇ってまで新規契約を
獲得しようとするのかとなると恐ろしくなってきた。
(きのう隣のおばさんが言っていたのはこの事だったんだ……)と思った。
過ぎてしまった事は仕方がない、気をとり直して美佳は居間に戻り、さっき見ようとしていたビデ
オをセットした。
それから1時間後、映画が佳境に入っていこうとしたとき、玄関からチャイムの音がした。
誰か来たのかなと思い、ビデオを止め、玄関を開けた。
すると30代後半くらいの男性が立っていた。
「おくつろぎのところ大変申し訳ありません。朝夜新聞の販売店から新聞の勧誘に参りました。」
美佳は、(さっきの人と違ってとても丁寧で感じがいいな。しかも意外とイケメンだし……)と感じた。
すると勧誘員は、「玄関先でかまいません。この地域を担当している方より『引越しされた方が居
る』との連絡を受け早速ご挨拶に伺った次第です」
年の割りにずいぶんと腰が低く、セールスの教育を受けているな、と感じた。
更に話は続き、
「本日私めの新聞を契約されますと、景品として洗剤5個・ポリ袋10袋・ティッシュペーパー5箱・商品
券等をプレゼントして、更に明日から無料で一ヶ月間新聞を配達して差し上げます」
そう言うと勧誘員はマンションの入り口に停めてあるバイクから両手に抱えきれないほどの景品
を持ってきた。
美佳は(この新聞屋なら安心して購読ができるな……丁度今はどこの新聞とも契約していないし)
と思うと、快く契約をした。
とりあえず3ヶ月だが、契約が切れた時分にまた更新に来るだろうと思いそれ以上の契約はしな
かった。
勧誘員は「今後ともうちの新聞をどうぞご贔屓に!」と言って去っていった。
さっきの人とは一転にはきはきとしてそれでいて謙虚で、しかも親切な勧誘員の言葉に乗せられ
てしまってそのまま契約してしまった。
けど、新聞は毎日のニュースや情報提供に欠かせないものだし、何しろチラシが入るという事
が主婦にとっては大きなメリットだと確信した。
美佳は一時間前の「悪夢」から開放されたかのごとくルンルン気分でまた映画を鑑賞した。
夕方、友之が帰宅するなり美佳は、
「今日昼ごろ、日本新聞の勧誘員が勧誘に来たの」
「ああ、前のアパートで取っていた新聞だ」
「そしたらその人がとても怖い人で大声で怒鳴っては強引に契約を迫るのよ」
「最近は態度が悪い人が多いからな」
「その後に、朝夜新聞の人が来て……」
美佳がそう話すとすかさず友之は、
「今度の人がとても丁寧で優しく親密になって勧誘したからつい契約したんじゃないの?」
美佳はそのことばにはっとした。
「??!そうだけど、友之知っているの?」
友「ああ、最近多いんだよ。君が体験したような手の込んだ勧誘が。数ヶ月前にニュースの特集
コーナーでやっていたじゃない」
「そうだったの……すっかり忘れていたわ。読みなれていない新聞取ったけど、大丈夫?」
「会社でも朝夜新聞は取っているし、読んだ事あるから……さっきは言い出せなかったけど日本
新聞なら引っ越す前にここでも取ると新聞店に連絡したじゃない!」
「普通の新聞を2部取るわけには行かないから、販売店に電話して『日本スポーツ』に変更しておく」
「私のせいで無駄な出費になってごめんね」
「いいよ、気にしていないよ。野球もサッカーも始まっているし、少しの間ならスポーツ新聞も取っても
いいだろう」
「私はスポーツにはあまり興味ないから・・・じゃあスポーツ新聞代は友之が出してね!」
美佳の思いがけない言葉にただただ沈黙する友之であった。
と言う事で山崎家には翌日から【朝夜新聞】と【日本スポーツ】が入るようになった。
美佳はスポーツ新聞を最初は「サラリーマンが読むもの」だと鷹をくくっていたが、いざ読んでみ
ると芸能関連の記事が充実していて彼女の考えもいくらか変わっていったのだった。
けれどなぜか山崎家では契約期間の3ヶ月たってもスポーツ新聞をそのまま取り続けていた。
なぜかと言うと、友之はそれほど競馬好きではなかったが、ある日、何を思ったのか偶然スポー
ツ新聞の競馬予想を見て、「もしかしたら……」と思い競馬場に赴き、記者が予想した馬券を何気
なく買ってみたら、なんとそのレースで穴馬が的中し、結構な配当金を手にしたからだ。
得意満面になっている友之を横目で見ながら
「……そんなにいつも簡単には当たらないって!」美佳は小さくつぶやいた。
【続く】
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