第  6  章  夏の夜

 梅雨が明ければ夏本番。
 今まで着ていた服が長袖から半袖になる、すなわち気温が上昇する。気温が上昇するという事は
すなわち汗をかく。
 友之は汗をかくのが嫌なので炎天下の町をふらつき歩くのは大嫌いだし、汗をかいたままのシャ
ツで何時間も過ごすのも気持ち悪いと感じる。
 それなら「外に出るな」と誰かさんに言われそうだが、そう言われなくても友之は休みの日は一
日中部屋でTV見てすごしているのである。おかげで結婚して7kgも太ってしまった。
 外に出かけないで家にごろごろしていれば太るのは当たり前だと、美佳はいつも夫の体を気にし
ているのだが……あまり気にしなくなっている友之であった。
 外は暑いのは分かるが、家にいても暑いときは暑いのである。ましては古いマンションに住んで
いる今も、太陽の光がそのまま部屋に入ってくる。引越し時は直射日光の事まではあまり考えもし
なかった二人だった。
 友之は大急ぎで近くのホームセンターに行って簾を購入してきた。窓際に簾をかけるだけで確か
に直射日光は防げた。けど、熱はそのまま部屋に容赦なく侵入してくる。さらに夜になっても暑さは
収まらない。いわゆる熱帯夜である。
 友之は熱帯夜というのが一番体にこたえるといつも言っている。前のアパートのときは熱帯夜の
日は扇風機をずっと回している中をパンツ一丁で寝ていた日もあった。
 今度のマンションは一応「クーラー」という文明の利器が搭載してあった。というか前住んでいた人
がそのまま置いていった旧式のものなのだが。夏の初めに一応つけてみたが、お世辞にも涼しい
とはいえない代物だった。
 友之曰く「外の気温よりは低い温度の風が吹いているといった感じ」だ。
 かなりの年代物で、数年使用していなかった時期もあったという事で完全に使い物にならなくな
ったみたいだ。
「これではちゃんとした冷房器具としては使えないね」と美佳はため息をつきながら話した。
 と言ってもどうせ数年でまた引っ越すかもしれないから、新しい機種を買うにはお金がもったいな
いし、かといってもこれをだましだまし使うのも嫌だし。
 すると友之は、
「それなら、今度会社の帰りに電気店に寄ってみるよ。」と話した。
 けど何を買うのか?電化製品に詳しくない美佳は疑問に思った。
 翌日、友之は電気屋に寄り、【冷房機器】を購入した。意外と大きい機器なので電気店が玄関ま
で配送してくれるという。
「さあ、これで寝苦しい夜から開放される」と友之は喜びに満ちた声で言った。
 そしてまた翌日の午後、ちょうど美佳がいつもの昼ドラマを見ていた時に電気店から機器が届け
られた。ダンボールには【冷風機】と書かれている。メカに疎い美佳は、
「こんな小さいもので本当に涼しくなるのかな?」と疑問に思った。
 夕方、友之が帰宅した。冷風機のダンボールを見るなり、
「やっと来たか!」と大声を上げると早速ダンボールの包装を解き製品を取り出し電源を入れた。
 小さい機械の噴出し口から確かに涼しい風が吹いてくる。
「普通のエアコンと同じコンプレッサを使っているから涼しいんだ。よくチラシにある水を使った【冷
風扇】と違って機械的に涼しくさせるからいいのさ」と自慢げに話した。
 これを聞いても美佳にはちんぷんかんぷんだった。要は「涼しければいい」という考えの人だ。確
かに原理とか理屈はどうあれエアコンは涼しいから便利であり、誰もが欲しいのであるが。
「けどこれは機械の裏から熱風が出てくるのが難点だが……」友之はこうつぶやいた。冷風機の原
理から言ってそれは仕方ないことなのである。
 エアコンははじめから熱風を排風口から家の外に出すようになっているのである。
 美佳が何か言い出す前に友之は「廊下を少し開け廊下側に熱風を出すようにすればいいから」
と一言追加した。
 こうして山崎家にも一応冷房装置を導入し、いくらか快適な熱帯夜を過ごせるようになった。 もっ
とも大きさから言って小さい冷風機では部屋全体を涼しくできないのだが。自分の体が当たる所が
涼しくなる程度だ。また熱風が出ている廊下は暑苦しいので、夜中トイレに行く時は苦痛だった。
 それでも以前のアパートの扇風機よりはましだと二人は感じた。
 翌日、美佳はお隣の丸山さんの家に久しぶりに遊びに行った。(引越しのときにエアコンを入れた
から……)夏の暑い時間でも知り合いの家に行って涼みに行こうと思った。
 手持ちの菓子を持って丸山家のチャイムを鳴らした。
「あら〜お久しぶり!」
 彩さんが飛び出してきた。主婦と言うのはいい身分で、少し仲が良くなると平気で人の家の中に
あがってくる。
 何気なくを装ってエアコンがある居間に向かった。すると案の定エアコンが稼動していた。
「旦那が暑い中汗流して仕事していると思うけど、こう暑いとろくに家事もできないから……」
 いつものように他愛のない話をする二人。お互いラフな感じになるとついつい彩さんも、
「そうよね〜。分かっているんだけど暑いからエアコンつけたくなるのよね〜!」と夫婦の話に
花が咲いた。
 けど丸山家には丸山家の悩みがあった。ここのマンションは古いつくりなので一件分の電気の
最大使用量が20Aまでなのだ。もっと古い団地だと15Aというからそれよりはましだが。
 彩さんが結婚する前は昭和30年代に建設された団地に長く住んでいたので電気のアンペアの
低さによる生活の不便はいくらか慣れていた。名ばかりは「マンション」だというので少しくらい電気
製品を多く使っても大丈夫だと思ったそうだ。
 大方の予想通り、電子レンジとエアコンを同時に使うとすぐにブレーカーが落ちてしまうのでこの
マンションでも辟易し始めたところだった。
 そのため、電気をよく使う夜はエアコンを使わず扇風機で我慢してもらっていて、肝心のエアコン
は昼しか使えないとの事。
「けど何とかいっても得しているのは私だったりする」彩さんは笑っていた。けど美佳にとっては何
となく旦那さんには悪いかもしれないな。と思った。
 ま、人の家のことだからあまり深く立ち入らない方がいいのだけど。
 話している中でも(結構我が家の方が暑さ対策では丸山家よりはうまく行っているのかな?)と
感じ始めた美佳であった。
 そう思うといくらか難はあるものの冷風機を率先して買ってくれた友之は「よくできた旦那」なの
かなと感じてきたのだった。
……けどそう思っているのは美佳の単なる思い違いだった。
 実はこの話も裏がきちんとあり、友之の会社が創立30周年記念として祝いの金15万円也が全
社員に現金で特別に給付されたのだった。
 毎日暑い事だし、ちょうど臨時収入も出たことだしその金で思いきって買おう。夫婦で使うものだ
から美佳も喜ぶし……。という魂胆である。現金で給付されたという事は銀行振り込みではない
ので、もちろん美佳の管理外の収入である。
 そんな事を口にすると決まって、
「会社から出た金なのだから私にもいくらかもらってもいいじゃない!」と言われるのが落ちなので
その口封じのために買ったに過ぎないのであった。
 友之にとっては思いも寄らない臨時収入を有効利用する目的でに買ったに過ぎない。
 それを知らなくても美佳は幸せだった。なぜなら毎日冷風機を居間に持ち込んで、TVを見ながら
お昼タイムを快適に過ごせるから。
【続く】
参考書籍:再現・昭和30年代団地2DKの暮らし 青木俊也 著 河出書房新社
参考資料:株式会社トヨトミ 冷風機取扱説明書
 
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