第  7  章  駄菓子
 9月。
 ようやく暑さも峠を越えたと思われる日が続いたある日、山崎家に一本の電話がかかってきた。
 友之が受話器を取るとそれは父親からだった。
「埼玉の叔父が病気で入院した。ぜひ見舞いに行って欲しい」との事。
 その叔父は友之にとっては小学生の時からなじみのある親戚であった。農家をしていて以前は
時々野菜を送ってもらった事もあったのだ。
 そして何よりも小さい時分は毎年のように夏になるとその家に遊びに行っていたものだ。
「……そうか……入院したんだ……永いこと逢っていなかったから……」
 友之は叔父の容態を心配した。
「叔父様って、何歳くらいの方なの?」美佳は友之に質問した。
 友之は「まだまだ65歳くらいなんだけど、肺に疾病があるって以前から言っていたから……」
 美佳は、「そうなんだ……ならばなるべく早いうちに見舞いに行ったほうがいいね」と言った。
「そうだな……今度の日曜辺りに、叔父のところへ見舞いに行って見るか」と友之。
「でもって、どこの病院に入院しているの?」
と聞くと「埼玉の川越にある大きな病院だそうだ」と友之は答えた。
「川越か……そういえば以前TVの2時間のサスペンスドラマで舞台になっていた歴史のある町だね」
 美佳お得意の情報源からの情報である。暇さえあれば昼も夜もTVを見ている主美佳であった。
 更に話は続く。
「確か駄菓子の店が立ち並ぶ通りがあるとか。観光客で結構にぎわっているみたいだから一度は行
ってみたいな!」
確かに美佳にとっては川越は行った事のない未知の都市だ。友之も何回か仕事で通っただけであ
って、観光はした事がない。
「そうだな。見舞いの帰りに寄ってみるか。ここからなら新宿で乗り換えするだけで着くみたいだし」
と友之は美佳に話した。
 日曜日。山崎夫妻は午前中に家を出ると、いざ埼玉へと向かった。
 新宿駅でJR埼京線(さいきょうせん)に乗り換えて1時間。思ったより早く川越の駅に降り立った。
 友之の予想通り、駅前に複数のデパートが立ち並んでいる結構大きな町だ。けど美佳にとっては
何となく不満そうだった。
「TVで見たような蔵の町並みがない……」
 そうなのである。川越という町は昔は駅から離れた場所に市街地が形成しているので、蔵造りの
町並みは駅からかなり離れている。
 実際川越を訪れた観光客の何割かは、駅前の近代的なビル群と、「蔵の町」としての印象とのギャ
ップに多少驚く人が多いと言われている。
「病院はこっち」
 友之は美佳の手を引いて叔父が入院してる病院へと向かった。
 駅の近くにある病院。2人は入院している叔父を見舞った。友之にとっては永い事見てなかった叔
父だがどことなくやつれた感じだった。
「今日は遠いところから来てくれてありがとう。見ないうちに立派になって……」叔父は嬉しそうだった。
 美佳にとっては初めて会う叔父だがどことなく温和そうな人に見えた。
 2人はしばらく叔父と色々話したが、思ったより元気だったのが印象的だった。院を出た2人は駅
に向かった。
 帰るにはまだ時間がある。美佳の要望どおり川越を観光に行こうかと思った。
 2人は駅のバスターミナルから出ている路線バスに乗りこんた。
 乗ってしばらくすると蔵造りの町並みが続く地区に着いた。そこで二人はバスから降りた。
 友之は江戸時代から明治時代に建てられたという蔵を見学した。けど美佳にとっては建物よりも
食べ物とかに興味があるそうだ。
 まあそのような人も多いのが事実なのである。確かに観光に来ている人はその土地の名物料理を
楽しみにしている人もいるからである。
 特に川越は駄菓子が有名なので、駄菓子をたくさん買っている人を目にする。
 2人の足は自然と『菓子屋横丁』に進んでいる。確かに川越観光に来る菓子屋横丁は予想通りたく
さんの人でにぎわっていた。
 美佳はまるで子供のようにはしゃいでいた。確かに大人でも昔懐かしい「昭和ノスタルジー」が横丁
のあちこちに漂っている。美佳の子供時代の世代までは駄菓子屋がどこの町にも必ずあった。
 美佳が昔食べた駄菓子がここでは普通に売られている。それを見るだけでも大人もついつい子供
時代に戻ってしまう。
 美佳はあちこちの店でいろいろ買ってきた。駄菓子は安いのでたくさん買ってもそれほど出費では
ないのである。
「これとこれはお隣さんの丸山さんに。こっちはマンションの管理人さんに……」
 意外と主婦と言うのは周囲の人々の気を使っている。
 こう言った駄菓子は2人の住む東京ではあまり見かけなくなったものである。時代の流れとはい
え、何となくさびしいものである。
「これだけ買えば毎日のお茶請けには困らないな」友之は少し皮肉そうに言った。
「そうよ。なにしろ『主婦の至福の時間』の友ですから!」
 友之と美佳はしばしの昭和ノスタルジーを味わった。たくさんの駄菓子も買えて美佳も満足な
感じであった。
 日本にも川越のように独特の味のある観光地は昔と比べ減ったものの、まだまだ残っている。
「こんな人情味溢れる町がもっとあるといいね」と友之は思った。
 東京からそんなに遠くない手軽な観光地なので、今度は川越市内のほかの名所にもゆっくり観
光に行きたいなと思う2人であった。

【続く】
参考HP:川越菓子屋横丁 
http://www.kawagoe.com/sightseeing/kashiya.html
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