「天使の弓矢」
 埼玉に住んでいる青春真っ只中の大学生、佐々木淳、20歳。彼女いない暦20年。背は高く
容貌は人並み以上なのだが何度アタックしても不思議に振られてばかりいた。
 今日も東京都内で年上の女子大生に声をかけたのだがあっさり振られた。
 意気消沈して自宅の2階の部屋でため息をつきながら、
「あ〜あ、何で俺はこんなにもてないんだ?ひょっとして天使にも見放されてるのかな〜!」
と半ば冗談につぶやいた。
 すると一人しかいないはずの部屋に、彼の背後から小さな声がしてきた。
「ちゃんとあんたの後ろにいますよ〜」
 佐々木はドキッとした。初めて聞く声、声変わりしていない少年のような声で、どことなく温か
みのある言葉尻だった。
 振り返って見ると、12〜13歳位の男の子が空に浮かんでいるのだ。不思議な事に姿は半透
明で、かすかに後ろにある本棚が透けて見える。
 愛嬌のある顔つき、背中には羽、黄金に輝く弓矢を持っている。佐々木はその子の様相から
して天使である事が分かった。けど天使と言うのは人間が考えた空想上の生き物であるはず。
けど実際に佐々木の目の前にいる。
 彼には知らないうちに【見えないはずの天使が見える】という能力が身についていたのだった。
「僕たちは呼ばないと来ないよ。だって埼玉に住む人間の恋の行方はたった500人の天使でしか
担当していないのだから」
 佐々木は半ば馬鹿にしたような顔つきで天使の話を聞いていた。けど天使のいうこともまんざ
ら嘘でなく、話の種として考えても結構面白い。
 どうせ暇なのだからという事で佐々木は天使と話し始めた。 
「ところでキミは天使だろ。どこから来た?」
「僕は全国天使協会埼玉支部所属A級天使No.420。12歳」
 天使の顔が急に凛々しくなった。A級天使という事に誇りを持っているのだろうか。まあ佐々木
にとって天使のランクなど余り意味の無い事柄なのかもしれないが。
 佐々木にはあどけなく微笑む天使の姿を見て何となくいじり甲斐があると感じたのか、
「……No.420か。4(し)2(つ)0(れん)であまり縁起のいい番号ではないな。それに天使って言
ったってキミは服を着ているじゃないか。これでも本当に天使って言えるのか?」
「全国天使協会則では12歳以上の天使は裸で人間の前に出てはいけない事になっているん
だ。世間体もあるし、僕だってこの年じゃ裸でいるのは恥ずかしい」
 天使にも思春期があって恥じらいの感情があるのか?ますます興味津々になってきた。け
ど佐々木は鬼ではないので天使に服を脱げとは言わないし、彼のプライドを傷つけてせっかく
のチャンスを無駄にしたくない。
 まあ12歳の天使の裸はいくらかは話の種にはなるかもしれないが……
「そうだな。オレも12歳の時は親の前で裸になるのは嫌だったし……けど天使って言えば【エ
ンゼルパイ】の絵みたいに子供で裸なのが通説だ。インターネットの某掲示板に書き込んで
天使の本性を暴露してやるか。キミらのイメージ丸潰れにしていいのか?」
 天使は佐々木の言い分をおとなしく聞いた後で、鋭く言い返した。
「相当怒っているみたい。彼女いない暦20年の佐々木さん」
 佐々木は見ず知らずの天使に名前を言われてびっくりした。もう天使の世界にも個人情報
が流出しているのか?
「協会が2年前に無断で登録して以来ずっと僕が担当していたからあなたの事は知っている
のですよ。佐々木淳さん」
無断で、と言うところに佐々木はカチンときた。2年前といえば女性に振られ始めた時に合致
する。この天使が担当になっていながら……と思うとある一つの疑問が湧きあがった。
「でもなんでず〜〜っと振られてばかりなのだ?!理由を聞きたいな!」
 佐々木の怒りが猛烈に上昇しているのが天使にも分かる。天使は小声で白状した。
「……全部僕のせいです。僕が天界のディスカウントストアで50本500円で矢を買ったんだけ
ど、その矢は先が丸い粗悪品だったのです。本当にすいません」
 天使は佐々木に謝罪した。しかし勝手に担当になっていながらこの有様。人間相手なら裁判
所に訴えてもいいが、天使相手ではそれも出来ない。佐々木は冷静を保ちつつも、
「そんなの使っていたのか!!!!そんなのじゃ的に刺さらず落ちてしまうな。けど何でそん
なのだと分かっていながらなぜず〜〜っと使っていたんだ?!」
天使はさらに釈明する。
「全国天使協会則第50条に【一度買った矢は破棄せず使い切ること】となっているから。だか
らキミが50回振られるのをずっと待っていたのです」
佐々木は呆れながらも
「むちゃくちゃな法律だ!」と苦笑した。人間の世界とは勝手が違うのでただ笑うしかなかった。
「今日でやっと使い切ったので今から強力な矢であなたの恋を射止めてみます」
 天使は何とかして佐々木の機嫌を戻そうと言った言葉に、彼が真っ先に反応したのは無理も
無い。佐々木は急に態度を変え、
「そうか。それならそうだと最初から言えばいいのに。さっきは怒って済まなかった」
 天使も佐々木の機嫌が戻ってほっとしたのか、
「過ぎたことはいい。……それでは今から弓を射るのに精神集中します」
 と言うと、天使は部屋の窓に向かって白銀の矢を勢いよく放った。矢は窓を貫通して一条の
光となって鮮明に輝いた。
 天使は満面の笑顔で、
「これでキミは明日には恋人が出現することが確実となった」と話すと、佐々木は意地悪そうに
「これがマンガや物語だと、矢が刺さった相手と恋が芽生えるというのが通説だが、知らないう
ちに安直になったんだな」と皮肉を込めて話した。
 次の日。佐々木は、大学が一時間目からある日という事をすっかり忘れて慌てて家を飛び出
し、雨降りの中、駅へと急いだ。
 運良くいつも乗る電車に飛び乗りぎりぎり間に合った。飛び乗った弾みでドア付近にいたOL
にぶつかった。
 佐々木はOLに謝ると、
「いえいえ、私の方が悪いですよ。閉じていた傘があなたのズボンに当たって濡らしてしまい
すみません」
「いえいえ、その程度なら構いません。あなたこそ怪我はありませんでしたか……」
と佐々木お得意の話術で、OLとのコンタクトが成功した。
 そのOLは松岡留美という22歳の都内企業に勤務している人だった。いくらか大柄な体格だ
がおっとりとした性格で、彼にとってはタイプだった。
 この時ばかりは天使に心から礼を言いたい気分だった。
 講義を終えルンルン気分で帰宅すると、部屋に帰りがけにケーキ屋で買った菓子包みを置
き、天使を呼び出した。
「天使くん。今回はどうもありがとう。これはお礼の気持ちだ。おいしいケーキだから心置きな
く食べてくれ」
 しかし天使は佐々木の好意には乗らなかった。
「僕は人間の食べ物は食べられません。今回の恋愛成就は僕の失態に対する当然の義務で
す。まあ、キミの気持ちは受け取ります」
「本当に弓矢の力は絶大だな」
 佐々木は何か物言いたそうな顔をし始めた。天使は嫌な予感がしてきた。
「今までさんざん苦しめてきた代償として、この弓矢を暫く貸して欲しい」
 既に佐々木の目はぎらぎらと輝いている。何か悪いたくらみでも思いついたかの様だ。
「もう佐々木さんは恋人ができたでしょ。もう弓矢はいらないでしょ」
 天使はなだめてみたが、佐々木はもはやその言葉に耳を貸そうとはしない。
「いいや。友達で彼女いないやつに『いい子紹介すしてやる』と言って、この弓矢を使ってそい
つの恋を射止めてあげる。その後やつから報酬として金をもらう。実にいい商売になる」
(やっぱりこうきたか。女の次は金か……)天使は暫く沈黙した。佐々木に聞こえない声で誰
かと話しているみたいだが彼には全く意識していないようだ。