一時間後、【秘密基地】に座り込んで3人が談笑していると、突然どこからか人の声が……。
9月の暑い盛りでありながら長袖の作業服を着て、頭にはヘルメットをかぶっている作業員のおじさんが近づいてきて、
「君たち、ここには危険な機械が沢山ある場所だから、勝手に入って遊んではいけないよ! 」
作業員は3人に注意した。ヘルメットをかぶっていたので表情は良く分からなかったけれど、優しい口調で注意されたので、おそらく怖い人ではなさそうだと思った。
勝手に階段を下りて、見知らぬ所に入り込んでしまったのがそもそもの発端なのであるから、こう言う場合は悪い事を認めて素直に謝った方が良いと戸崎は考え、
「すみません、ボールを捜しているうちにここに入ってしまって……ごめんなさい!」
戸崎が謝っているのを見て、他の二人も少し遅れて頭を垂れて謝ると、作業員は反省して謝っている3人の表情を感じ取ったのか、
「どうやら開いているドアから入ったみたいだね。普段はここで働いている作業員以外の人が入らないように鍵を閉めているのですが、今日は午後から見学会が行われるので、見学者の出入り口として開けておいたのです」
と答えた。どうやら作業員は怒っていないみたいだ。
「見学会? ここで何か行われるのですか? 」
「あれ、君たちはここがどういった場所なのか知らないでここに入ったのかい? 」
「そうでーす! 」
3人は一斉に元気良く手を挙げた。
作業員は得意げになって3人の中学生に説明しはじめた。
「この施設は下水道の処理場です。明日9月10日が下水道の日という事で、今日と明日は一般の方に施設内を無料公開しています」
綺麗な公園の下に下水処理場があるとは、3人とも夢にも思ってなかった。3人は小学4年の時に社会科見学で下水処理場に行った事があるが、建物自体が古いせいもあって暗くて臭くて汚いと言うイメージしか残ってなかった。しかしここは下水の臭いはほとんど無く、屋上の公園も含め開放的で明るい感じがした。
「君たちは中学生なので、多分知っているかもしれないけど、下水道の事について簡単に説明しましょう」
3人は特に嫌な顔はしなかったので、作業員は話を続けた。
「君たちの家や学校などにあるトイレや風呂などから流された汚れた水が、道路の下に埋まっている下水管を通って下水処理場に集まってきます。そして汚れた水を、微生物の働きなどによって汚れを分離沈殿させて、綺麗になった上澄み水は消毒して川や海に流しています」
「そうだったんだ」長島は納得したみたいだ。
「上が公園だったから全然分からなかった」戸崎は口々につぶやいた。
「下水道があるから僕たちは水洗トイレが使えるし、下水道のおかげで川や海が汚れなくなったんだね」青木はリーダーぶってまるで本に書いているような感想を述べた。
「君たちがいる場所は【管廊(かんろう)】と言って、下水や空気が流れている配管や、下水処理に必要な機械や、それらを動かす為の電線等が設置しています。そして機械などを維持管理しやすいように、作業員が通る為の通路としても使われています。ちなみに今、君たちがいるのは将来下水の量が増えた時に対応できるように備えているスペースです。ここもいつかは工事が行われ、配管や機械が置かれるんだ。だからといって関係ない人がここに来て遊んではいけないよ!」
作業員はそう教えてくれた。子供相手でも分り易く説明する事が出来る優しい人に思えた。
屋上の公園に上がる出口に一緒に連れて行ってもらうと、
「良かったら一般向けの下水道教室が開かれているけど、君たちも一緒に参加してみない? 下水処理場見学ツアーや水質実験や下水道ビデオ上映などもあり楽しいよ」との問いかけに3人は、
「せっかくの誘いですが、これから家に帰らないといけないから遠慮します」
と答えた。すると作業員は、少し残念そうな顔をしながらも、下水道に関する小さいパンフレットを3人に渡した。
「ありがとう」と答えると下水処理場の屋上に作られた公園を後にした。
自転車に乗ってスロープを降り道路に出ようとした時に、下水処理場の中を見学している一般市民が職員と一緒に楽しそうに歩いているのを目にした。
「……何となく楽しそうだな」
「どうする? 見学だけでも参加してみる? 」
「僕は構わないけど」
「俺も6時までに家に帰れれば大丈夫だから」
「ならばダメモトで参加をお願いしてこよう!」
フェニックス団を代表して、青木が見学ツアーの列に割り込み、
「僕たちも下水処理場を見学したいのですが……」と頼むと職員はにっこりと微笑み、3人も見学ツアーに途中から参加する事が出来た。
「当施設は、広大な敷地の有効利用と悪臭対策と環境美化の目的で下水処理施設を屋根で覆い、その上を公園にしています……」
職員が説明すると参加者は納得したり驚いたりした。
「さっきまで遊んでいた所だね」長島は自慢げにこう話した。
見学ツアーの一行は、広い公園の下にある下水処理施設の中に案内された。
最初はうっすらと下水の匂いが漂っているのにやや辟易したが、微生物によって下水を綺麗にするエアレーションタンクの大きさに驚いたり、最終沈殿池から流れる水の透明さに感激したりと、普段では見る事のできない下水道施設をじっくりと見学する事が出来た。
途中から参加した3人の為に、下水を汲み揚げる斜流ポンプや、エアレーションタンク内に空気を送り込む送風機、そして処理場内の機械設備を集中管理をする中央監視室をもう一度見学してくれると言うサービスもあり、とても充実した見学ツアーだった。
「結構楽しかったね。あのコンピューターがたくさん置いている部屋なんかカッコよかった! 」
「下水処理場の中にある池も、大きなポンプも見学できたし良かった」
「また今度行ってみたいね」
こう話しながら、夕焼けに染まる町並みを背に3人の自転車は、自分たちのある町に向かって進んだ……。
あれから10年後。
戸崎は都内にある管工事業の会社に勤めている。機械設備や配管等の敷設工事を手がけている会社で、少人数の社員ながらも、毎年いくつかの工場から定期的に工事受注が来ているので経営はそれなりに安定していた。
この度戸崎の会社では、下水処理場の増設工事に伴う下水配管敷設の仕事を請け負う事になった。何とその現場は屋上が公園になっている下水処理場だったのだ。
(10年前友達と行った所だ! 懐かしいな。あの時の仲間は高校入学と同時にばらばらになってしまったから……)そう思いながら同僚と共に部材や工具を地下に運び込む戸崎。
そして配管を敷設する為、床にドリルで穴を開けようとした時、ふと壁に目を遣ると、そこには【フェニックス団秘密基地】と書かれた小さい文字。
(ああ、まさしくこれは10年前俺が書いた文字。また会えたね……)
まるで昔の友に再会したような懐かしい気持ちと、下水処理場にどこか不思議な縁があるなと言う気持ちで一杯になった。
戸崎は小声で、「フェニックス団よ永遠に……」とつぶやいた。そして(青木と長島は今頃どうしているかな? )と思った。
【終】
参考資料:埼玉の下水道(埼玉県下水道公社)
※ なお、作品に登場した公園「三郷スカイパーク」は、埼玉県三郷市にある中川水循環センター内にあります。
http://www.pref.saitama.lg.jp/A10/BE00/oshirase/skypark/H19/skypark3.html
★ 下水処理全般に関しては、拙作「マミちゃんの不思議な日常・第9章」にて、写真付きで説明しておりますので、あわせてどうぞ。
9月の暑い盛りでありながら長袖の作業服を着て、頭にはヘルメットをかぶっている作業員のおじさんが近づいてきて、
「君たち、ここには危険な機械が沢山ある場所だから、勝手に入って遊んではいけないよ! 」
作業員は3人に注意した。ヘルメットをかぶっていたので表情は良く分からなかったけれど、優しい口調で注意されたので、おそらく怖い人ではなさそうだと思った。
勝手に階段を下りて、見知らぬ所に入り込んでしまったのがそもそもの発端なのであるから、こう言う場合は悪い事を認めて素直に謝った方が良いと戸崎は考え、
「すみません、ボールを捜しているうちにここに入ってしまって……ごめんなさい!」
戸崎が謝っているのを見て、他の二人も少し遅れて頭を垂れて謝ると、作業員は反省して謝っている3人の表情を感じ取ったのか、
「どうやら開いているドアから入ったみたいだね。普段はここで働いている作業員以外の人が入らないように鍵を閉めているのですが、今日は午後から見学会が行われるので、見学者の出入り口として開けておいたのです」
と答えた。どうやら作業員は怒っていないみたいだ。
「見学会? ここで何か行われるのですか? 」
「あれ、君たちはここがどういった場所なのか知らないでここに入ったのかい? 」
「そうでーす! 」
3人は一斉に元気良く手を挙げた。
作業員は得意げになって3人の中学生に説明しはじめた。
「この施設は下水道の処理場です。明日9月10日が下水道の日という事で、今日と明日は一般の方に施設内を無料公開しています」
綺麗な公園の下に下水処理場があるとは、3人とも夢にも思ってなかった。3人は小学4年の時に社会科見学で下水処理場に行った事があるが、建物自体が古いせいもあって暗くて臭くて汚いと言うイメージしか残ってなかった。しかしここは下水の臭いはほとんど無く、屋上の公園も含め開放的で明るい感じがした。
「君たちは中学生なので、多分知っているかもしれないけど、下水道の事について簡単に説明しましょう」
3人は特に嫌な顔はしなかったので、作業員は話を続けた。
「君たちの家や学校などにあるトイレや風呂などから流された汚れた水が、道路の下に埋まっている下水管を通って下水処理場に集まってきます。そして汚れた水を、微生物の働きなどによって汚れを分離沈殿させて、綺麗になった上澄み水は消毒して川や海に流しています」
「そうだったんだ」長島は納得したみたいだ。
「上が公園だったから全然分からなかった」戸崎は口々につぶやいた。
「下水道があるから僕たちは水洗トイレが使えるし、下水道のおかげで川や海が汚れなくなったんだね」青木はリーダーぶってまるで本に書いているような感想を述べた。
「君たちがいる場所は【管廊(かんろう)】と言って、下水や空気が流れている配管や、下水処理に必要な機械や、それらを動かす為の電線等が設置しています。そして機械などを維持管理しやすいように、作業員が通る為の通路としても使われています。ちなみに今、君たちがいるのは将来下水の量が増えた時に対応できるように備えているスペースです。ここもいつかは工事が行われ、配管や機械が置かれるんだ。だからといって関係ない人がここに来て遊んではいけないよ!」
作業員はそう教えてくれた。子供相手でも分り易く説明する事が出来る優しい人に思えた。
屋上の公園に上がる出口に一緒に連れて行ってもらうと、
「良かったら一般向けの下水道教室が開かれているけど、君たちも一緒に参加してみない? 下水処理場見学ツアーや水質実験や下水道ビデオ上映などもあり楽しいよ」との問いかけに3人は、
「せっかくの誘いですが、これから家に帰らないといけないから遠慮します」
と答えた。すると作業員は、少し残念そうな顔をしながらも、下水道に関する小さいパンフレットを3人に渡した。
「ありがとう」と答えると下水処理場の屋上に作られた公園を後にした。
自転車に乗ってスロープを降り道路に出ようとした時に、下水処理場の中を見学している一般市民が職員と一緒に楽しそうに歩いているのを目にした。
「……何となく楽しそうだな」
「どうする? 見学だけでも参加してみる? 」
「僕は構わないけど」
「俺も6時までに家に帰れれば大丈夫だから」
「ならばダメモトで参加をお願いしてこよう!」
フェニックス団を代表して、青木が見学ツアーの列に割り込み、
「僕たちも下水処理場を見学したいのですが……」と頼むと職員はにっこりと微笑み、3人も見学ツアーに途中から参加する事が出来た。
「当施設は、広大な敷地の有効利用と悪臭対策と環境美化の目的で下水処理施設を屋根で覆い、その上を公園にしています……」
職員が説明すると参加者は納得したり驚いたりした。
「さっきまで遊んでいた所だね」長島は自慢げにこう話した。
見学ツアーの一行は、広い公園の下にある下水処理施設の中に案内された。
最初はうっすらと下水の匂いが漂っているのにやや辟易したが、微生物によって下水を綺麗にするエアレーションタンクの大きさに驚いたり、最終沈殿池から流れる水の透明さに感激したりと、普段では見る事のできない下水道施設をじっくりと見学する事が出来た。
途中から参加した3人の為に、下水を汲み揚げる斜流ポンプや、エアレーションタンク内に空気を送り込む送風機、そして処理場内の機械設備を集中管理をする中央監視室をもう一度見学してくれると言うサービスもあり、とても充実した見学ツアーだった。
「結構楽しかったね。あのコンピューターがたくさん置いている部屋なんかカッコよかった! 」
「下水処理場の中にある池も、大きなポンプも見学できたし良かった」
「また今度行ってみたいね」
こう話しながら、夕焼けに染まる町並みを背に3人の自転車は、自分たちのある町に向かって進んだ……。
あれから10年後。
戸崎は都内にある管工事業の会社に勤めている。機械設備や配管等の敷設工事を手がけている会社で、少人数の社員ながらも、毎年いくつかの工場から定期的に工事受注が来ているので経営はそれなりに安定していた。
この度戸崎の会社では、下水処理場の増設工事に伴う下水配管敷設の仕事を請け負う事になった。何とその現場は屋上が公園になっている下水処理場だったのだ。
(10年前友達と行った所だ! 懐かしいな。あの時の仲間は高校入学と同時にばらばらになってしまったから……)そう思いながら同僚と共に部材や工具を地下に運び込む戸崎。
そして配管を敷設する為、床にドリルで穴を開けようとした時、ふと壁に目を遣ると、そこには【フェニックス団秘密基地】と書かれた小さい文字。
(ああ、まさしくこれは10年前俺が書いた文字。また会えたね……)
まるで昔の友に再会したような懐かしい気持ちと、下水処理場にどこか不思議な縁があるなと言う気持ちで一杯になった。
戸崎は小声で、「フェニックス団よ永遠に……」とつぶやいた。そして(青木と長島は今頃どうしているかな? )と思った。
【終】
参考資料:埼玉の下水道(埼玉県下水道公社)
※ なお、作品に登場した公園「三郷スカイパーク」は、埼玉県三郷市にある中川水循環センター内にあります。
http://www.pref.saitama.lg.jp/A10/BE00/oshirase/skypark/H19/skypark3.html
★ 下水処理全般に関しては、拙作「マミちゃんの不思議な日常・第9章」にて、写真付きで説明しておりますので、あわせてどうぞ。