しかし、この僕でも一度はタカシ君の役に立った事がある。
実は僕には特別な能力があり、その力を発揮したのだ。
これはタカシ君が成人した翌年の冬のある日、タカシ君が会社の同僚と居酒屋で飲みに行った
時の事だった。
店の中は暖かく、入店し座敷に上がるなりタカシ君はコートを脱いで膝下に無造作に入れた。
その弾みでコートのポケットに入れていた僕はコートから飛び出され畳の下に落ちてしまった。
その時(まあ、後で気がつくだろう)と思い、しばらくは黙っていた。
しかし人間というものは酒が入るとどういう訳か記憶がなくなってしまうみたいで……。
1時間後、タカシ君と同僚はすっかり出来上がってしまい、半分酔いつぶれた状態で店を出た。
勘定を済まし店を出てしまった。
僕は居酒屋の座敷に取り残されてしまった。タカシ君と別れてしまったのだ!
これではタカシ君はアパートにも入れないし車も乗れない。これでは一大事だ!仲間の鍵たち
も動揺し始めている。
1分・2分……。タカシ君は酔っているのでなかなか戻ってこない。
僕はタカシ君に向かってテレパシーを発した。
一方タカシ君は、その時いい気持ちになって居酒屋を出た。夜も遅いだけあって、酔っていても
自然と夜風が身にしみ始めてきた。ふと手をコートのポケットに入れた。
(…あれ、入れていた鍵がない。ひょっとして……)
同僚に訳を言うと急いでさっきまでいた居酒屋に向かった。
4分後、タカシ君はあわてた表情で居酒屋に駆けてきた。
「すみません、僕の鍵は知りませんか?」居酒屋の店員に尋ねている。
「さっきのお客さんだね。テーブルの上の皿は片付けたけど、鍵らしいものは気がつかなかった
ね。もしかしたらまだテーブルの下にあるんじゃない?」と店員。
急いでテーブルに駆け寄るタカシ君。さっきまで座っていたテーブルの下を覗き込むとキーチェ
ーンはそのまま残っていた。
それを見てタカシ君はほっとした表情で、
「あ、ありました!!」との声。タカシ君は僕のテレパシーが通じたのである。
5分ぶりの再会である。僕はほっとした。仲間の鍵も安心した様子だ。
僕の力は絶大である。100円の底力といってもいい。
ある日僕の体に異変が起きた。今までずっと体に付いていた革の帯が取れてしまったのである。
10年近くタカシ君と一緒に過ごしていた為、革の帯が劣化してしまったのだ。
タカシ君が何気なしに革の帯に指を入れて振り回していたら、ひょんな弾みで革をつないでいた
糸がほどけてしまい、キーチェーンから脱落してしまったのである。
僕にとってはある意味邪魔だった革の帯であったが、いざ居なくなってしまうと寂しくなった。
飾りのないキーチェーンはただの金属の輪でありあまりにも貧相に見える。けどタカシ君はその
まま僕を使ってくれたのである。それだけでも嬉しかった。
物を大切にすると言う心がきちんと身についているんだ、と確信した。これは商品冥利に尽きる
といっても過言ではない。
しかし物には限度がある。飾りがなくなった僕でも暫くはタカシ君と一緒に生活を共にしていた。
タカシ君が年を重ねていくうちにそれに合わせて鍵の数も増えていった。そうなると僕の統治能
力では手に負えなくなってしまう。
それもその筈、直径3センチメートルの体では10本の鍵を通すのがやっとなのだ。
それでいて今年から会社のロッカーのキーと、会社の防犯設備の鍵、そしてタカシ君の彼女の
家の鍵と次々と仲間に入っていった。
来るものは拒まずの精神なのでタカシ君に従順に働いていたが、本心では限界である。
そう思っていた最中のことであった。
僕の職務は突然終焉を迎えた。
タカシ君の彼女から、誕生日祝いにとキーケースをプレゼントされたのを。タカシ君は喜んだ。
翌日、僕の体から一本ずつ鍵を取り出し、新しいキーケースに吸い込まれていった。
僕の体からすべて鍵がなくなった瞬間、僕の仕事は終わったのである。
思い起こせば10年以上もタカシ君と一緒に生きてきた。もちろん直接人生を歩んだわけではない
が、間接的に彼の生活を支えてきたのだから。
多くの仲間との出会い、好きだった初恋の鍵との別れ、そして「紛失」という最悪事態から逃れ
たあの夜……。
すべてがいい思い出である。既に体はやせ細り金属の輪だけになってしまったが、商品として
最後まで使いきれた幸せで満ち溢れている。
タカシ君はすべての鍵を入れたキーケースを折り畳み、かばんの中にしまった。今までの仲間
とは永遠に会えなくなると思うと急に悲しくなった。
彼女からもらったキーケースは本革製の立派なものだ。100円で売られていた僕と比べても数
段の差がある。
キーケースに仲間の今後を託し、ただの金属の輪だけになった僕は、すでに悟りの境地にも
達していた。
(もうタカシ君に捨てられても悔いは全くない。いい一生だった……)
だがタカシ君にもいくばくかの思い入れはあったのか、僕をゴミ箱には入れる事は出来ず、結
局整理ダンスの引き出しの奥にしまったのだった。
……あれから何年経ったのであろう。
タカシ君が僕を引き出しの奥にしまってから静かに時が流れていく……。人間のように寿命
の概念がない僕はふと思った。このままずっとずっとここで時を刻み続けていくのか……。
タカシ君の記憶から消し去れてしまう事も覚悟した。所詮は僕は「道具」なのだから……。
僕は再び日の光を拝める事ができた。すっかり大きくなったタカシ君が僕を見つけるなり、
「これ丁度良いんじゃない?」と言った。
壁にかかっていたカレンダーを見るとあの時から5年が経ってる。タカシ君の隣にいる人は?
思い出した。タカシ君の彼女だ。二人は結婚したみたいだ。もうタカシ君は一家の主にまで
成長していた。かぎっ子の時から良く知っているので成長振りには目を見張るものがある。
そして僕の仕事はと言うと、今回は僕の体を通すのは鍵ではなかった。と言うかタカシ君の
妻が僕を使ってくれるそうだ。
タカシ君の妻は大のアクセサリー好きで、携帯電話のストラップや根付といった小さいアクセ
サリーを集めるが趣味だ。それらを無くさないで保存する方法として僕を使ってくれるとの事。
そもそも僕がキーチェーンという事が分からないからこそ、タカシ君の妻は新たな視点で物を
見てくれたに違いない。
こうして僕は新たな仕事を始めた。本来の仕事とはちょっと違うが、今ではいろいろなキャラ
クターのストラップや根付に囲まれている。クマやパンダと言った動物から、最近は巫女や美少
女の人形等も仲間入りしている。もちろんストラップのキャラクターともすぐに仲良くなった。
題材が題材なだけに、僕はアニメなどのサブカルチャーの分野の話題に強くなったのはご愛
嬌という事で……。しかし【道具】として末永く活用して頂いてくれるだけで嬉しかった。
大切なストラップが無くならなくて済むと彼女も喜んでいる。
二人は僕をはたんすの上において時間がある時に時僕についているストラップのキャラクタ
ーを眺めている。
あ、今日も二人でストラップを見ている。
「また増えたね」
「そう、この前ガチャガチャで新しいキャラクターの根付があったから思わず買っちゃったんだ」
第二の人生としてたくさんのストラップ人形に囲まれて僕は幸せです。
そして何よりも物を大切にしてくれたタカシ君と出会えた事が僕にとって何よりも幸せです!
【完】
参考サイト:yahoo知恵袋
実は僕には特別な能力があり、その力を発揮したのだ。
これはタカシ君が成人した翌年の冬のある日、タカシ君が会社の同僚と居酒屋で飲みに行った
時の事だった。
店の中は暖かく、入店し座敷に上がるなりタカシ君はコートを脱いで膝下に無造作に入れた。
その弾みでコートのポケットに入れていた僕はコートから飛び出され畳の下に落ちてしまった。
その時(まあ、後で気がつくだろう)と思い、しばらくは黙っていた。
しかし人間というものは酒が入るとどういう訳か記憶がなくなってしまうみたいで……。
1時間後、タカシ君と同僚はすっかり出来上がってしまい、半分酔いつぶれた状態で店を出た。
勘定を済まし店を出てしまった。
僕は居酒屋の座敷に取り残されてしまった。タカシ君と別れてしまったのだ!
これではタカシ君はアパートにも入れないし車も乗れない。これでは一大事だ!仲間の鍵たち
も動揺し始めている。
1分・2分……。タカシ君は酔っているのでなかなか戻ってこない。
僕はタカシ君に向かってテレパシーを発した。
一方タカシ君は、その時いい気持ちになって居酒屋を出た。夜も遅いだけあって、酔っていても
自然と夜風が身にしみ始めてきた。ふと手をコートのポケットに入れた。
(…あれ、入れていた鍵がない。ひょっとして……)
同僚に訳を言うと急いでさっきまでいた居酒屋に向かった。
4分後、タカシ君はあわてた表情で居酒屋に駆けてきた。
「すみません、僕の鍵は知りませんか?」居酒屋の店員に尋ねている。
「さっきのお客さんだね。テーブルの上の皿は片付けたけど、鍵らしいものは気がつかなかった
ね。もしかしたらまだテーブルの下にあるんじゃない?」と店員。
急いでテーブルに駆け寄るタカシ君。さっきまで座っていたテーブルの下を覗き込むとキーチェ
ーンはそのまま残っていた。
それを見てタカシ君はほっとした表情で、
「あ、ありました!!」との声。タカシ君は僕のテレパシーが通じたのである。
5分ぶりの再会である。僕はほっとした。仲間の鍵も安心した様子だ。
僕の力は絶大である。100円の底力といってもいい。
ある日僕の体に異変が起きた。今までずっと体に付いていた革の帯が取れてしまったのである。
10年近くタカシ君と一緒に過ごしていた為、革の帯が劣化してしまったのだ。
タカシ君が何気なしに革の帯に指を入れて振り回していたら、ひょんな弾みで革をつないでいた
糸がほどけてしまい、キーチェーンから脱落してしまったのである。
僕にとってはある意味邪魔だった革の帯であったが、いざ居なくなってしまうと寂しくなった。
飾りのないキーチェーンはただの金属の輪でありあまりにも貧相に見える。けどタカシ君はその
まま僕を使ってくれたのである。それだけでも嬉しかった。
物を大切にすると言う心がきちんと身についているんだ、と確信した。これは商品冥利に尽きる
といっても過言ではない。
しかし物には限度がある。飾りがなくなった僕でも暫くはタカシ君と一緒に生活を共にしていた。
タカシ君が年を重ねていくうちにそれに合わせて鍵の数も増えていった。そうなると僕の統治能
力では手に負えなくなってしまう。
それもその筈、直径3センチメートルの体では10本の鍵を通すのがやっとなのだ。
それでいて今年から会社のロッカーのキーと、会社の防犯設備の鍵、そしてタカシ君の彼女の
家の鍵と次々と仲間に入っていった。
来るものは拒まずの精神なのでタカシ君に従順に働いていたが、本心では限界である。
そう思っていた最中のことであった。
僕の職務は突然終焉を迎えた。
タカシ君の彼女から、誕生日祝いにとキーケースをプレゼントされたのを。タカシ君は喜んだ。
翌日、僕の体から一本ずつ鍵を取り出し、新しいキーケースに吸い込まれていった。
僕の体からすべて鍵がなくなった瞬間、僕の仕事は終わったのである。
思い起こせば10年以上もタカシ君と一緒に生きてきた。もちろん直接人生を歩んだわけではない
が、間接的に彼の生活を支えてきたのだから。
多くの仲間との出会い、好きだった初恋の鍵との別れ、そして「紛失」という最悪事態から逃れ
たあの夜……。
すべてがいい思い出である。既に体はやせ細り金属の輪だけになってしまったが、商品として
最後まで使いきれた幸せで満ち溢れている。
タカシ君はすべての鍵を入れたキーケースを折り畳み、かばんの中にしまった。今までの仲間
とは永遠に会えなくなると思うと急に悲しくなった。
彼女からもらったキーケースは本革製の立派なものだ。100円で売られていた僕と比べても数
段の差がある。
キーケースに仲間の今後を託し、ただの金属の輪だけになった僕は、すでに悟りの境地にも
達していた。
(もうタカシ君に捨てられても悔いは全くない。いい一生だった……)
だがタカシ君にもいくばくかの思い入れはあったのか、僕をゴミ箱には入れる事は出来ず、結
局整理ダンスの引き出しの奥にしまったのだった。
……あれから何年経ったのであろう。
タカシ君が僕を引き出しの奥にしまってから静かに時が流れていく……。人間のように寿命
の概念がない僕はふと思った。このままずっとずっとここで時を刻み続けていくのか……。
タカシ君の記憶から消し去れてしまう事も覚悟した。所詮は僕は「道具」なのだから……。
僕は再び日の光を拝める事ができた。すっかり大きくなったタカシ君が僕を見つけるなり、
「これ丁度良いんじゃない?」と言った。
壁にかかっていたカレンダーを見るとあの時から5年が経ってる。タカシ君の隣にいる人は?
思い出した。タカシ君の彼女だ。二人は結婚したみたいだ。もうタカシ君は一家の主にまで
成長していた。かぎっ子の時から良く知っているので成長振りには目を見張るものがある。
そして僕の仕事はと言うと、今回は僕の体を通すのは鍵ではなかった。と言うかタカシ君の
妻が僕を使ってくれるそうだ。
タカシ君の妻は大のアクセサリー好きで、携帯電話のストラップや根付といった小さいアクセ
サリーを集めるが趣味だ。それらを無くさないで保存する方法として僕を使ってくれるとの事。
そもそも僕がキーチェーンという事が分からないからこそ、タカシ君の妻は新たな視点で物を
見てくれたに違いない。
こうして僕は新たな仕事を始めた。本来の仕事とはちょっと違うが、今ではいろいろなキャラ
クターのストラップや根付に囲まれている。クマやパンダと言った動物から、最近は巫女や美少
女の人形等も仲間入りしている。もちろんストラップのキャラクターともすぐに仲良くなった。
題材が題材なだけに、僕はアニメなどのサブカルチャーの分野の話題に強くなったのはご愛
嬌という事で……。しかし【道具】として末永く活用して頂いてくれるだけで嬉しかった。
大切なストラップが無くならなくて済むと彼女も喜んでいる。
二人は僕をはたんすの上において時間がある時に時僕についているストラップのキャラクタ
ーを眺めている。
あ、今日も二人でストラップを見ている。
「また増えたね」
「そう、この前ガチャガチャで新しいキャラクターの根付があったから思わず買っちゃったんだ」
第二の人生としてたくさんのストラップ人形に囲まれて僕は幸せです。
そして何よりも物を大切にしてくれたタカシ君と出会えた事が僕にとって何よりも幸せです!
【完】
参考サイト:yahoo知恵袋
文芸川越・編集員より作品の寸評を頂きました。(掲載のまま)
「終始視点を崩さず飄々として描かれていて成功。結末、時代の変容を描いているのはいい。」
「終始視点を崩さず飄々として描かれていて成功。結末、時代の変容を描いているのはいい。」