キーチェーン  【文芸川越 第29号(埼玉県川越市教育委員会発行)】 掲載作品

 僕はキーチェーン。人間の生活に必要な鍵を一箇所に束ねる便利な道具だ。
 僕の体には、人間が持ち歩きしたりフックに掛けやすくしたりできるように革製の帯がつけら
れている。この部分に熊のイラストが縫い付けられていて、ちょっとしたアクセントとなっている。
 しかし人間は僕を100円という値段を付けて、100円ショップの陳列棚に並べてしまったのであ
る。商品として世に出たばかりなので、まだ【100円】という値段の価値が分からない。
 隣に陳列している先輩のストラップに聞いてみた。
「おお、新入りか。がんばって人間に買われる様に媚びるんだな。……えっ、【100円】がどのよう
な価値だって!?」
 僕は固唾を呑んで先輩の答えを待った。すると、
「そうだなあ、ワシもはっきりとは分からないが、この店に並んでいるものは全て100円だから、
お前さんの視野の範囲にある商品と同じくらいの価値だと思っていいさ」
 僕は店内をぐるっと見渡した。高価な商品は売ってなく、生活雑貨や文房具ばかり並んでいる。
 大体自分の価値を判断することができた。こう見えても僕にはきちんとした意志もあるしプライ
ドもある。100円で売るなんてとんでもない!と憤慨した。
 だが値段が決まった以上は今更どうしようもない。商品である以上たとえどんな値をつけてい
ようが、僕としてできるだけすばらしい一生を全うしようと誓った。

 ある日、商品として整然と陳列してる僕を、40歳くらいの女性が買ってくれた。その女性はどう
やら主婦らしい。彼女が家に帰ると息子に、
「タカシ、100円ショップに行ってきたら、素敵なキーチェーンがあったから買って来たよ。家の鍵を
ここに通しておくから」
と言うと、僕の体にこの家の鍵を通し、タカシ君に渡した。
 タカシ君は、母に「ありがとう」と言って早速ポケットにしまった。

 こうして僕はタカシ君の所有物として一生を送ることになった。
 僕が観察する限りでは、タカシ君は小学6年くらいの元気な男の子である。いわゆる「かぎっ子」
らしい。
 両親が共働きなので学校から帰るなりタカシ君は家の鍵を開け、親が帰るまで家の中で遊んで
いる。タカシ君はどちらかと言うと家の中で遊ぶのが好きな子らしい。
 僕は鍵を開けるとき以外は出番がない。そのため身の回りの様子を調べたり、僕と一心同体状
態にある家の鍵と会話をしたりして一日を過ごしている。
 家の鍵は気さくですぐに僕と仲良しになった。僕にとって初めての仲間である。
 キーチェーンというだけあって、鍵なら何でもひとつにまとめることができる。もっともこれが僕
の仕事なのであるが。
 その為、家の鍵だけが僕の仲間という時間はそれほど長くなかった。すぐに別の鍵が仲間入
りした。
 ロッカーキーである。彼は学校の部室にあるロッカー出身だという。
 タカシ君は中学生になっていて、入学後すぐにサッカー部に入ったのである。
 僕はロッカーキーも親しくなった。出身が運動系という事で、小さい体ながらもどことなく凛々し
い感じがする。
 ただ、僕にとってはロッカーキーが仕事中の際の、部室の汗臭さにはやや閉口したが……。
 けどその際に、部活で活躍しているタカシ君がいつの間にかたくましいスポーツ少年に成長し
た事に気がついた。僕と出会った時から一年位しか経っていないのに立派になったなと思った。

 時が過ぎ、僕のアクセントになっている革の帯もだいぶくたびれてきた。けど僕の体は金属で出
来ているのでまだまだ丈夫である。
 僕を使ってくれているタカシ君は高校生になった。今まで僕の仲間であった部室のロッカーキー
と別れ、代わりに別のロッカーキーと出会った。どうやらタカシ君は高校に入ってもサッカー部に入
ったみたいだ。今度のロッカーキーは今までのよりも大型になった。今までのロッカーキーより貫
禄があるのか、僕とはやや相性が良くないみたいだ。
 けどスポーツ全般に対してはさすがに博識である。僕にとってはいろいろな知識を教えてくれる
存在である。

 人間界でもあることだが、道具の世界にも突然の別れは当然存在する。
 一番最初の仲間であり心の支えになっていた「家の鍵」とお別れすることになったのである。
 タカシ君の家がマンションから一戸建てに引っ越すということで、マンションの鍵も家主に返さな
ければならない。
 そしてその日が無残にもやってきた。タカシ君が家の鍵を無理やりキーチェーンから引っ張った。
 なす術なく僕は呆然となるばかりであった。マンションの鍵との楽しかった日々の思い出が走馬
灯の様に過ぎ去り、心に残る記憶が流れては消えていく……。
 しかし、いなくなってしまったものは仕方がない。僕にとっては、【来るものは拒まず、去るものは
追わず】でしかならないのである。
 やはり長年の友との別れの傷は深く、数日は心が沈んだ。

 その心を癒すかのごとく、新居の鍵という新たな仲間が加わった。
 新築の家に引っ越しただけあって鍵も新品だ。どことなく僕の心に新たな友人が現れたという感じ
がしてきた。僕は新居の鍵に色々と教えた。もちろん僕たちの任務である正しい錠の開け方も。
 それにしても高校生になってもタカシ君は僕を大切に使ってくれている。これだけでも僕は嬉しい。

 そしてまた春がやってきた。タカシ君は高校を卒業し社会人になり、東京のアパートで一人暮らし
をする事になった。それによって僕の仲間も飛躍的に増えていった。
 まず新たに仲間に入ったのはアパートの鍵である。タカシ君が入居したのが中古の年季が入った
アパートだったのでそれに比例して鍵も年季が入っている。僕が生まれる前からずっと活躍してい
た鍵であり、僕よりずっとずっと博識である。
 その後に仲間になったのは、会社の鍵である。
 タカシ君は小さい会社に勤めたらしく、この会社では全社員に事務所の鍵を持たせているらしい。
これもアパートの鍵と同様に年季が入っている。
 僕はほとんど同じ時期に年上の方と生活を共にするようになった。もちろん僕のほうが統括者で
もあり先輩なので、威厳や信頼は今とそれほど変わっていないが。いわば僕はキーチェーンという
組織の主であり、会社に例えるならば、いわば社長である。
 僕は外見で判断しない性質なので例え新入りでも長老でも等しく接することができる。100円
といっても馬鹿にしてはいけない。

 しばらくしてまた仲間が入ってきた。車の鍵である。タカシ君は給料をためて中古車を買ったの
である。
 車の鍵は僕の仲間の中で一番の働き者だ。車の運転中はいつも元気に働いている。
 タカシ君にとっても車の鍵を挿さないと運転できないだけあって一番重宝しているらしい。どうや
らタカシ君の会社はアパートから遠いところにあるらしく、入社当初は電車で通勤していたのが、
車を買ったことによって車通勤にしたらしい。
そのため車の鍵は毎日朝夕働いている。
その姿を見て僕も他の鍵も皆、尊敬の眼差しで見つめている。
 誰も車の鍵を新参者扱いで見ていない。だけどそのほかの仲間は使用時間も限られてしまう。
むしろ新居の鍵や会社の鍵は今ではほとんど出番すらもない。
 けどそれでも鍵がないと扉は開かないのだ、という強い信念を持っているので決して卑屈にも
思っていなく誇りさえ感じている。
 その姿でさえも僕はただただ感心する。ただ色々な鍵を統括しているだけの僕が何となくレベ
ルが低いと感じるようになってき始めた。