その時紀子は自分の中に不思議な力が存在しているということを初めて認識したので
あった。
 自分に関係のある人の姿が急にきれいに・美しく・男前に見えるとその人は数日中に
必ず亡くなる。と言う事だ。
 もちろんそんな事を家族や友人に言っても誰も信じないと判っているので密かに自分
の心の中に留めて置く事にした。
 不思議なものでに自分に血縁関係のない赤の他人には、たとえ命が助からない重病
の状態であっても美しくは見えないのである。もちろん紀子がその人に実際に会わない
とその力が発揮されない為、あれ以来何年もその力を発揮されなかった。

 それが再び発動されたのはそれから5年後の事だった
 紀子が今の会社に勤めるようになってすぐのある日曜日。
 父が友人の結婚式で大阪に行く事になった。その友人の特別の計らいで羽田発伊丹
行きの飛行機の往復チケットも送ってくれるとの事。
 しかし送られてきた飛行機のチケットが予約時の手違いか何かで朝一番の便だった
のである。
 したがって家を朝5時に出なければ飛行機の搭乗に間に合わないため、その日は朝か
ら太田家では大忙しであった。
 そのどたばたで紀子はいつもより早く目が覚めてしまった。とりあえず水でも飲もうと台
所へ入った。
 すると結婚式に行く父がすでに朝食を食べている。寝ぼけ眼で父を見ると昨日の姿と
全く違う凛々(りり)しい姿であった。
 どう見ても50代に見えない。どう見ても40代の人気俳優にそっくりである。たとえ寝ぼ
けていても紀子の思考回路は正常に働き(父がいい男に見える=父がもうすぐ死ぬ)と
瞬時に回答が出た。
 紀子は(もうどうなってもいい)と意を決めて、
「お父さん!結婚式に絶対に行かないで!お父さん死んじゃいや!!」
半ば狂ったように叫んだ。
 突然の娘の行動を全く理解できない父は、紀子を黙らせようとしたが、紀子は父を失い
たくない一心で父の制止を振り切り激しく抵抗した。
 その叫び声を聞いて母が大慌てで飛んできた。
 父は母に、
「これから飛行機で大阪に行くのに紀子は『死ぬから大阪に行かないで!』といって言う
事を聞かない。いったい今日は朝っぱらから一体どうしたのか?」と困った顔で話した。
母は、紀子の目が本気になっているのに気づき、父に、
「きっと紀子はあなたの身に何かを察知して、予言しているのでしょう。今日のところはお
となしく紀子の言い分を聞いたほうがいい。たとえ嘘でも間違いでも紀子が気が済めば
いいじゃないか。大阪の友人にはまたいつでも会えるのだし……」
と言うと父は渋々ながらも納得した。
 紀子は「お父さんが死なずにずんだ!!」とはしゃいでる。
 朝食を食べ終わると父は友人に電話をかけ、
「急に大きな仕事が入ってしまったので結婚式には行けなくなった」と言う旨の電話を
かけた。そして父は半ばふてくされた感じで自分の部屋に入るとまた眠ってしまった。
 紀子は父が大阪の結婚式に行かない事を見届けると、ほっとした気持ちで布団の中
に入った。

 その日の夜、ニュース番組を見て、紀子も父も母もテレビの画面に釘付けになった。
『今日午後4時頃、大阪府大阪市の阪神高速道路で大型トラックと観光バスが正面衝突
し、観光バスが炎上。トラックの運転手とバスの乗客あわせて20人全員が死亡しました。
バスの乗客は大阪市内で行われていた結婚式の参加者であり、結婚式場から伊丹空
港に向かう途中であったと言う事です……』
 このニュースを聞いた後一家は沈黙した。
 父は間違いなくこのバスに乗るはずであった。
 紀子があの時父を止めなかったら、大阪で友人の結婚式に出席後、あのバスに乗って
空港に向かうはずであった。
 そのバスはトラックに衝突し乗客は全員死んだ。予定通りだとその犠牲者の中に父が
入ることになっていたのである……。
 紀子の不思議な力で父は命拾いをした。改めて父は紀子に感謝した。

 それから5年。父は今でも元気に会社に勤めている。もちろん父の姿は元の普通のおじ
さんの様相に戻ってしまった。けれど「父も母もありのままの姿でいい」と思う紀子であった。
 もちろんあの[力]は今でも紀子の体の中に残っている。
 けどこれからずっとこの不思議な力を使わないで過ごせたらいいなと思う今日この頃で
あった。

【完】
※この話は私の母の体験に基づき、小説として一部脚色をしたものであります。
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