不思議な力

 人間というものは必ず一つは特技を持っている。時には具体的にどのようなものが特技
であるか自分では意識してないこともある。けれど、誰しも他人には真似をする事ができ
ない[ある能力]は多少なりとも持っているはずである。
 たとえそれが本人にはわからなくても……。

 東京に住む30代前半のOL、太田紀子。実はある[不思議な力]が彼女には生まれながら
に持っているのである。けれどこの力は普通のときには全く発揮されない。[ある特殊な要
素]と[それに適合した人]が合致して始めて発動されるのである。
 その[力]が初めて発動されたのは紀子が小学生のときだった……。
 紀子の家には隣の町内に住む叔父が良く遊びに来ていた。
 叔父は以前太田家に居候していた関係もあって、叔父が結婚してこの家を去った後も
交流があったのである。
 紀子は叔父も家族同様に親しい間柄であった。叔父と公園に一緒に出かけた事もある
し、近所の祭りにも出かけた事もある。
 その叔父も紀子が小学高学年になると、叔父も気を使ってしまい、また紀子も友人と遊
ぶ時間が多くなってからは、前のように一緒にどこかに行くことも少なくなってきた。
 そんなある秋の日。紀子は小学6年になっていた。
 学校から帰ってから部屋で勉強をしていると、突然窓をたたく音がした。ふと外を見ると
窓越しに叔父が立っていたのだった。けれどそのとき紀子が見た叔父の姿はとてもかっ
こいい紳士のようであった。少なくとも以前一緒に遊んでいくれた頃よりもずっとずっと男
前であった。
 失礼になるかもしれないが……と思いながらも紀子は、
「叔父さん、散髪屋(理髪店)に行ってきたの?いつもよりすごく男前だよ」と訊ねた。
叔父は笑いながら「ここ数ヶ月行ってないけど」と言い、どこかでもらってきたであろう栗
を紀子に差し出した。
 二人の会話を聞いて母がやってきた。けれど母の目にはごく普通の叔父の姿しか見え
ないらしく、ありきたりな挨拶を交わしていた。
 叔父が帰ってからその事を母に聞いても、
「そうかね?私にはいつもの叔父さんにしか見えなかったけど。単に紀子の思い違いじゃ
ない?」という言葉ばかりで、紀子の意とする答えが返ってこなかった。
  それから数ヶ月経った。紀子は今まで毎週のように太田家に出入りしていた叔父が急
に家に来なくなったという事に気がついた。仕事が忙しくなったのか、それとも何か用事が
できて、うちに遊びに来る時間が無くなったのだろうかと思っていたが、何となく腑に落ち
ない所があったので思い切って母に理由を聞いてみた。すると意外な答えが返ってきた。
「紀子知らなかったの?隣町の叔父は10月に交通事故で亡くなったんだんだよ。お母さん
葬式に行ってきたの忘れたの?」
思い起こせば確かにそうであった。叔父から栗をもらった一週間後、誰かが交通事故で
亡くなったということで母が通夜に出かけてしまい、その日の夕飯は店屋物だったっけ。
 その時の通夜が叔父のだったとは!
 あれだけ元気で優しかった叔父が何の前触れもなく死んでしまった!確かに人間は不
幸にも事故などによって突然人生が終わってしまう事もある。けどあんなに自分のことを親
切にしてくれた叔父が事故で死んでしまうとは夢にも思わなかった。しかも紀子の場合は
かなり特殊なのである。
 あの時に見た[男前]の叔父が紀子の見た最後の姿だったのである……。これが今まで
慣れ親しんでいた叔父さんの姿だったら別に不思議でもないが、なぜあの時だけはどうい
う訳か叔父さんが年不相応な色男の姿に見えたのであった。その時はそう思っただけで
(気のせいだったんだ)という事で何となくうやむやにされてしまった。もちろんその時は[不
思議な力]の威力だとは全くわからなかった。
 けれど2回目の時は、はっきりと[不思議な力]が備わっているという事がわかった。
 それは紀子が高校の時の事……。

 紀子は県内の進学校に通っていた。その高校は紀子の家から電車で20分位の所にあ
る。高校のある町は母方の実家のある地域だった。
 紀子はその実家に中学生の頃まで年始の挨拶程度だが行ったことがある。その時はそ
の家の親のほかに祖母が健在で、紀子とも話をしたことを覚えている。
 その祖母は母に聞いてみたら今年で88歳になるという。米寿(べいじゅ)の祝いをすると
言うので兄弟そろって何をお祝いをしようか……と話してもいた。 高校2年のある夏の暑
い日、紀子は友人といつものように駅までの道を談笑していた。けれどその日に限って緊
急の道路工事とかでいつもの道が通行止めとなっていた。仕方なく迂回路を通って駅ま
で行く事にした。
 あまりの暑さでのどがカラカラになり、友達もどこかのコンビニでアイスでも買って帰ろう
かと話をしていたところだった。
 けれどこのあたりの通りは初めて通る道である。紀子はあまり活動的な子ではなかった
ので、学校帰りに寄り道する事はほとんどなく、入学当時から学校に申請した通学路以
外の道は使わなかったのである。
 その為いつも通らない道だと、コンビニはおろか自動販売機さえ設置している箇所を知
らない。
 その時お年を召した女の人とすれ違った。
「この人なら知ってるかも?」と思い紀子は声をかけた。
「すみません、この通りにコンビニエンスストアか食料品店はありませんか?」と尋ねると、
「お嬢さん、どうやらのどが渇いているみたいですね。この道をまっすぐ行ったところにお菓
子屋がありますのでそこでジュースでも買ってきなさい」と答えた。
紀子は「ありがとう」と言おうとして、その人の顔を見つめたら、その人がとても美しく見え
た。どう見ても七十代、もしかしたらそれ以上の年齢なのに、まるで[美しく年をとっている]
かのような優雅な顔つきであった。見方を変えれば六十代にも見える。
 その姿を見て過去の事が一瞬よぎった。
(この人は母の実家のおばあさん??)
けどどう思っても否定せざるを得なかった。以前年始の時に会った時はどう見ても腰が曲
がって皺(しわ)だらけだった。そんなおばあさんの姿しか思い浮かんでこない……。
 紀子の脳裏であれこれ駆け巡り呆然としていると、友人が気を利かせて、
「どうもありがとう」とその老人に声をかけていた。
 お菓子屋でアイスを食べながら何か不思議な思いが払拭できない紀子であった。
 それから数日後、太田家に電話がかかってきた。
(もしや)と紀子が思ったが、その[もしや]が的中したのである。
 母方の祖母が急に容態が悪くなって先日息を引き取ったとの事。享年88歳。米寿の祝
を済ませた直後のことであった。
 太田一家は訃報を受けて祖母の葬儀に参列した。
出棺の際、紀子は[最後のお別れ]の時に祖母の姿をまじまじと見た。
 棺に入れられた祖母の姿は葬儀の前に特殊メイクを施した関係もあるかもしれないが
[あの時]に見た姿そっくりであった。
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