学園コメディー
  【正反対でどこが悪い!】  
  その1 涼子、立ち上がる!


 埼玉県のとある公立高校。
 いわゆる底辺校であり、偏差値の高くない生徒や志望校を不合格の結果になった生徒が主に
在籍している。進学校と異なり、生徒の中には問題のある生徒もいるようで……
 問題児と言っても昔の学園ドラマに出てくるような、いわゆる絵に描いたような不良ではなく、
校内をオートバイで走り回るような極悪生徒は存在しない。せいぜい飲酒喫煙や不純異性交際
程度である。問題のある生徒とは言えども校内で大っぴらに酒を飲むような事はしないので、そ
の点からはまだ可愛い方である。
 数多い問題生徒の中で、一番先生方を困らせている人がいる。
 高校3年の松田綾香である。外見は派手で茶髪ピアスは無論のこと、ミニスカートやサングラス
をかけて登校する時もある。
 スタイルはおそらく校内でもトップであり、その美貌と派手な容姿から校内のほぼ全ての男子生
徒の羨望(せんぼう)の的である。
 こんな外見だから自然と男が群がって来るのは当然である。彼女は男遊びに夢中になっていく
につれ、ひょんな事から悪い仲間に誘われてしまう。結果として登校する日数もかなり少なくなっ
た。噂では体の関係まで進んだ生徒も多数居るという。こんなタイプの生徒は程度の差はあれど
んな学校でも一人か二人は居るものだ。
 職員室でも時折綾香の事が話題に挙がる。
 彼女の母親はいわゆる【夜の仕事】で家に居ない日が多く、父親も九州に単身赴任中。家の事
は全て女房任せでいいという古い考えを持つ亭主なのでめったに帰宅してこない。母も仕事で帰
ってくるのが夜中なので親子の接触もほとんど無い。たまの休みで2人が鉢合わせになっても必
ずと言っていい位母が綾香の言動に対しあれこれ難癖を吹っかけてくるのですぐに喧嘩になる。
 しかし自分を生んでくれた親を殴る事は出来ず、誰かに向かって思い切り振り下ろしたい拳を堪
えつつ無言で家を飛び出すパターンの繰り返し……。
 家族がばらばらの状態なので常に孤独であり、誰かに癒されたい一心で彷徨っているうちに、
いけない事と知りつつも親しい仲間と心と体を慰めあうというありがちな道を歩んでいる。

「両親がこうでは、なかなか連絡が取れないし……、一体どうすれば彼女が立ち直っていける
のか……」
 教師たちはいつも悩んでいた。
 それとほぼ同じ時期、ある一人の生徒の行動によって綾香の心が開き始めていたのであった。

 クラス委員の島野涼子だ。
 彼女はいわゆる【優等生】タイプであり校内でも常にトップの成績。もちろんド近眼でいつもレンズ
の厚い眼鏡をかけている。
 志望していた有名私立高校を低調の時に受験し不合格になり、絶対安全な滑り止め高校として受
験し不本意でこの高校に入った為、低レベルの授業と低脳な生徒の集団は、彼女の心を不完全燃
焼にさせる要素としては十分すぎていた。
 何と無く毎日が単調でつまらないのである。そんな中で唯一の刺激は綾香の存在だ。
 涼子と綾香は同じクラスであり、クラス委員として【お荷物状態】の綾香にはいつも心配していた
のであった。何しろ授業態度は最悪、隣に先生がいようが携帯電話のメール送受信は絶えないし、
時々授業をサボって学校外に飛び出す始末だ。先生たちも綾香には手に負えないでいる。
 ある日涼子は中学の卒業アルバムを何気なしに開いてみたら、何とあの綾香が同じ中学を卒業
しているのが初めてわかった。とすると毎朝電車に乗って同じ駅で降りている筈である。
「すると、ひょっとして……」何か糸口を見つけたようであった。

 翌日の放課後たまたま廊下で鉢合わせになった二人。
 涼子は久しぶりに登校してきた綾香に「おはよー!」と初めて声をかけた。
 もちろん綾香は涼子がクラス委員であることは知っている。けどいつもは生活態度の事に口酸っ
ぱく注意されているので、一瞬(また今日もかよ!)と警戒をした。
 けど今日は何となく様子が違う。午後であるのに「おはよう」はおかしいし、いつもの真面目な口
調ではない。今日は珍しく何か違う事を言いたそうにしている。
 警戒感を緩めた綾香は、
「どした?あたしに何か言いたいことでもあるのか?」と尋ねると涼子は軽く頷いた。
「ここでは何となく言いずらそーだから、あたししか知らない秘密のところに行こ!」
 と言うと涼子の手首を掴み、廊下を駆け出した。
 校舎の屋上につながる階段。
「ここならあたしと二人でゆっくり心置きなくしゃべれるでしょ」
と言いながら、屋上に出られる扉の鍵穴に針金を突っ込む綾香。
 やがて、カチャっという音がした。どうやら鍵が外れたらしい。
「すごい……」
 涼子は〔いけないこと〕と知りつつあまりの見事な鍵捌きに感心した。
「あたしの秘密の場所。ここは校内でも何人かの職員しか知られていない場所だよ」
 綾香は何となく開き直った感じだった。
(そんな仰々しい事を言う訳でもないのに……)と思ったが、涼子は、
「昨日分かったんだけど、私とあなたは同じ中学を卒業したんだよね。つまり中学の時からあなたの
事を知っているのはこの高校では私だけなんだね。もし困った事や分からない事でもあったら勉強
でも何でもいいから私に言って。絶対にきつく注意しないから」
 涼子の口から意外な言葉が飛び出し、綾香はきょとんとした。
「そんなに心配しなくてもいいよ。あたしはあたしの生き方があるし……」と言いかけると、
「けど学校で前から『問題生徒』のレッテルを貼られているけど、それでもいいの?」と涼子。
「そりゃ内申に響くのは癪だけど、ここにいられなくなっても、あたしを雇ってくれる店は東京に
行けば山ほどあるから!」と喋りながら片足を上げ体をひねらすと言う某有名学園アニメの主
人公のおなじみのポーズをした。
 綾香の容姿は男性は勿論女性でも惹かれる魅力がある。悔しいが涼子もこれは認める。しかし
冷静に考えると世の中そんなに甘くない筈だ。
 綾香の様に群を抜く容貌を武器に風俗産業等の水商売で飯を食っている女性が多数居るのは
事実である。しかし美しい時期は短く、誰にも必ず【老い】はやって来るので、その仕事だけで一生
を優に暮らせる金が手に入れられる人は少ない。 (今のうちに何とかしなければ……)と涼子が思
うのも無理もない。
 けど、少なくともすぐには普通の生徒に戻らないにしろ彼女と仲良くしていくうちに幾らかは改善
する余地は残っているだろうと考えた。
「今の雰囲気って、ひょっとして優等生で真面目のあんたがこのあたしと仲良くしなりたいと?!」
 さすがに綾香は鋭い。けど真面目一辺倒の涼子がすぐに堕ちるわけでもなく、だからといって先
生にチクられたら最悪【退学】の可能性もあり、むしろそっちが怖い。
 けど校内一の優等生を味方に持つと強力な武器になる。うまく操れば宿題も勉強も教えてくれる
だろうし、いくらか話題の選択に難があるが、話し相手にもなれる。