第7章 レベルアップへの試練
 11月。秋も深まり、自然界の動物にとってはそろそろ冬眠の時期である。けれど人間が住む都
会では一部の昆虫などを除いて冬眠はしない。
 出雲の国の奥深くにある祠での【八百万神会議】も、山間部に暮らす生物に配慮し、11月で中断
し、翌年の4月から再開される。
 神の啓示を受けているチャッピーも、時折会議のため出雲に赴いているので、仲間とはしばらくは
会えない。けれどチャッピーはそれほど寂しくはない。彼が今いる千葉県にも友がたくさん出来た
からである。神から頂いた【力】を使い、動物を初めあらゆる非生物にも会話が出来るので友人を
作るのは比較的たやすい。
 非生物であろうとこの世に存在する以上【心】を持っている。これは我々も心当たりがあるかもし
れない。カバンや椅子は使っていくうちに愛着が出てくる。そうなると不思議に使っていて安心す
る。また自分の不注意でありながら、道路で転ぶとそこにあった石が憎らしくなる。その石を蹴飛ば
すと自分のいる方角に跳ね返ってくる事もある。
 これらは全てそれぞれの物質が心を持っていて、人間の行動に素直に反応しているからだ。
 チャッピーはそれを利用して動物を初めあらゆる物質の心を捕らえて都合よく行動している。
 もちろんこのことは麻美も薄々わかり始めている。誰もいない麻美の部屋で、誰かと話している
ような素振りを良くしているからだ。
 ある日麻美は思い切って聞いてみた。
 すると「マミちゃんも、もう少ししたら動物以外でも会話が出来るようになるよ」チャッピーは答えた。
 確か、一番最初の時に蛙さんに「経験を積む事によって生物以外のものも話せるようになります」
と言われた事を思い出した。
「経験を積む、というと?」チャッピーに聞いた。
 するとしばし考えた後、
「そんなに難しくははない。市内にいる動物たちに耳を傾け、『動物でしか知りえない情報』を聞き出
せばいい」
麻美は「動物でしか知りえない情報って?」と尋ねてもチャッピーは、
「そのくらいは自分で考えなくちゃ!そんなに大それた事ではないから」
としか返ってこなかった。
それからというもの麻美は【動物でしか知りえない情報】に悩む日が続いた。
 けど考えるにつれ選択肢がだんだんと狭まっていくことを感じた。
 所詮は動物である。人間でもわからない事を知っている訳がない。動物が野生だった時代、生き
ていくうちで必要なものの一つに、食べることが挙げられる……。
 そこまで考えると何と無くわかってきた。
 11月の末のある日のこと。麻美はいつもどおり家を出て学校に向かった。空は秋特有の澄み切っ
た青空が広がっている。
 ると近所の犬がこう独り言(一匹言?)を言っているのを耳にした。
「午後から雲行きが怪しくなってくるな。雨でも降られたら散歩に行くのが面倒になるな……」
 麻美は疑問に思った。どう見ても散歩に億劫がっている犬の戯言としか聞こえない。空は一点の
曇りのない快晴だからである。
 けどあの犬の眼差しは真剣であった。(……ひょっとすると?)
 麻美は(どうせ勘違いでもいいから)と思い急いで家に戻り、玄関にある折りたたみ傘をカバンに
入れると学校に急いだ。
 放課後、麻美が学校を出ようとしたら、午前中快晴だった空がまるで嘘のようにどんよりと曇り始
め、やがて空一面厚い雲に覆われ、しばらくして雨が降ってきたのである。
 置き傘を用意していない多くの生徒が昇降口で足止めを食らっている。その様子を横目で見なが
ら麻美は朝持ってきた折り畳み傘を開いて颯爽と学校を後にした。
(あの犬の言った事が当ったんだ!)と麻美は犬に感謝した。
 家に帰るなりチャッピーに「マミちゃんおめでとう!」と祝福された。
【動物でしか知りえない情報】というのは天気であったのだ。
「今晩、正式に八百万神から通達が来るよ。これでマミちゃんも一人前になったね」
とチャッピーの浮かれた声。
 ただ麻美にとってはまだ実感がわかないのが事実だ。まあ次第に分かってくるだろう。
 チャッピーはこうつぶやいた。
「けどあの犬が天気を当てたのではなく、動物がもつ長年のデータと勘によってきちんと裏づけされ
たものなんだけどね……」
(そうだったんだ)麻美は何と無く納得した。
 こうしてみると普段おとなしくしている犬も、きちんと分析判断して的確に行動しているのだなと言う
事が再発見できた。
 麻美は(これから身の回りの物が、私にどのように喋ってくれるかな?)と思った。
「大丈夫だよ。マミちゃんの様ないい人にはみんな好意的に思ってくれるさ。……多分」
 チャッピーもそういってくれた。
 最後の「多分」という言葉がちょっと気になるけど……。
【続く】