第8章 下校時の出来事 
 千葉県に住む杉野麻美は、ごく普通の女子中学生であるが、実は特別な力の持ち主である。
 それは地球上のあらゆる物質と会話をする事ができるのである。
 動物と話すときは普通に面と向かって喋るのであるが、非生物の場合はそういう訳にはいかず、
心を通じて会話をするのである。
 もっともこれは【誰かが見ている中で一人で喋っているのは、傍から見ると変質者と思われる】と
いう人間界での暗黙の了承を汲み取った結果である。
 麻美に力を授けた出雲の八百万の神々は、その点はある程度は考慮してくれたのである。
 もちろん麻美の身の回りの物も、それぞれに心が宿っている。我々には分からないが商品にも人
間と同じように感情があり意思表示もする。
 従って麻美が初めて使うものについては絶対に話しかけても答えない。何度か使っているうちに
その商品が麻美の存在を認識するようになって、初めて意思疎通が出来る。要は商品を使ってい
くうちに次第と愛着がわいてくるのと原理は同じである。
 麻美が使いなじんでいる商品はたくさんある。
杉野家では「買ったものは最後まで使い切る」というのが一種の家訓になっており、家族全員が物
を大事に使っている。資源の節約と言う観点からも優等生的な一家でもある。いくら大量生産・大
量消費の時代だからと言っても浪費すれば結局は資源の無駄につながる。麻美もその事について
は学校で教わったのである程度は知っている。
 麻美は、せっかく神様から授かった力なのだから、早く非生物とも話がしたい、と思った。
 けどいつも使っている箸や茶碗とは話すことは現時点では出来ない(答えてくれない)し、シャープ
ペンシルとか筆箱とかも使い方によってはカンニングにつながる(もちろん他人には絶対に分から
ないのだが)ので、結局は自分の為にならない。
麻美があれこれ【最初の道具との話し相手】を考えながら学校から自宅に向かっていると、突然
「この先の交差点は気をつけたほうがいいよ」との声がした。
 辺りを振り返っても誰も居ない。下校中なのでチャッピーも居ない。ひょっとすると……。
 麻美が乗っている自転車が話しかけたのである。確かにこの自転車は中学入学時に母に買って
もらってから毎日登下校に乗っているし、公園に行くのにも買い物に行くのにも使っている。
 2年近く使っていれば自然と愛着もわく。自転車も麻美というパートナーが居るからこそ捨てられ
ずに毎日働いていけるのである。
 けど自転車と言うものは人間の役に立つものであるが当の本人(本車)は大変である。
 毎日過酷な労働条件の元何一つ不平不満を言わず、けなげに【使用者の安全な空間移動】」とい
う業務を卒なくこなしているのである。
 そう思うと麻美は日々の足としてお世話になっているのである。麻美は自転車に、
「毎日私を安全に学校や公園に運んでもらってありがとう!」
と、感謝の意を述べた。
 自転車はその言葉を聞いて、うれしそうに「ありがとう!」と答えると、ベルが軽快に鳴った。
 「これからもマミちゃんを安全に輸送する為に、体の続く限り壊れるまで一生懸命がんばります」
と言ってくれた。更に、
 「マミちゃんが乗ってくれるうちは、これからずっとマミちゃんに道路安全案内を行ってあげます」
との事。要は危険予知システムと言った感じである。道案内は出来ないものの、自転車が進む先
の交通情報をしてくれるのである。
 これも出雲の八百万神のおかげである。
 そのことをチャッピーに話すと、
 「良かったじゃない!これで自転車事故はしなくなるね」と喜んでくれた。
 「今度ボクもその自転車の前かごに乗りたいな」と言うと、
「ハイハイ、いつか城山公園に連れてってあげるから」
と必ずしも確約しない約束をした。
麻美は新たに【自転車】という話し相手が増えた。登下校時に麻美に道路情報と、為になる話を提
供してくれる。今ではチャッピーに次いで頼もしい存在である。
 そうなると麻美も、今まではやらなかった自転車の汚れの拭き取りや注油もするようになった。
 そのたびに「有難う」と言ってくれると、尚更うれしくなる。
 けどこの自転車、アメリカ製なのか考えが日本人離れしているのだ。
 この前も放課後校門の近くで同級生の男子生徒数人が歩きながらお互い抱きついたりいちゃい
ちゃしていると、「元気があっていいのお」との一言。
 麻美は男女ならともかく男子生徒同士で抱きついているのは気色悪いと思っていたのであるが、
 「男女関係なく好きであれば構わないのではないか」との返事。
 確かに仲がよければ別に度を越さなければ問題ないのであるが。
 もっとも麻美の方が「男性同士で抱きつくのはは変だ」という固定概念があるのかもしれない。
TVドラマでも漫画でもまず描かないし、そもそも道徳一般として好まないものと教育されている。
 けど海外に目を向けば一般人は勿論の事、国の首脳同士でさえも挨拶の一つとして抱きついた
りキスをするのだし、全然おかしくない。そもそも愛の形は多彩でいいのである。実際同姓婚も認め
られている国もあるのだから。
そう思うと自転車の意見も正しいのである。むしろ麻美の方の考えを変える必要がある。
(これからはこのような場面でも変に考えない方がいいかもしれないかな)と思う麻美であった。
麻美にとって自転車の意見や考えは自分には無いグローバルな視点を持たせてくれるので、チャ
ッピーとは性格がまた違う、貴重な相手でもある。
 そもそもこの自転車は、麻美のために母が耐久性を重視して選んで買ってくれたものである。
 翌日母に、「いい自転車を買ってくれてありがとう!」と言った。
母は「何を今更?」と変な顔をしたが。
 麻美は今使っている自転車を大人になってもずっと乗ろうと決意をしたのであった。
【続く】