マミちゃんの不思議な日常 第10章 リサイクル  
「書き込み寺」 第20回企画参加作品 お題:夏の終わり

 多くの地域では、定期的に、衣類のリサイクル運動が行われている。着られなくなったり古くなったりした衣類を回収し、ボランティア団体に寄付したり、リサイクル業者に売却したりして、社会貢献と地域活動資金補填として役立っている。
 日本各地の自治体で実施されているので、知っている方も多いかもしれない。

 8月下旬のある日曜日、杉野家でも家で着られなくなったりした衣類の仕分けを行っている。仕分けと言っても仰々しいものではなく、各自で不要になったり、たんすに入りきれなくなったり、あるいは長年たんすの肥しになっている年季が入った衣類を一箇所にまとめて、種類ごとにビニール袋に詰め込むだけの事である。
 そういった作業は、いつも母の役目になっている。よくよく考えれば、衣食住の【衣】の大半は、母が関わっている事になる。購入から洗濯、取り込み、折りたたみ、アイロン掛けに古衣類の仕分け……。多分どの家庭でも似たようなものなのかも知れない。
今日は朝から天気がいいので、朝食を食べ終わったら、母はずっと仕分けをしている。それもそのはずで、去年ほとんど古衣類が出てこなかったため、2年分の衣類が集まった事と、長年たんすの隅に仕舞っていた亡き祖父の着物がたくさん出したからである。先月、祖父の13回忌が済み、そろそろ祖父の遺品も片付けないといけないと思ったからである。母にとっては、とても思いいれのある着物なのだが、ずっと仕舞っていても虫に食われるだけだと感じ、13回忌をいい機会として、思いきって処分することにしたのであった。
 そのため、杉野家の狭い縁側で、その気物を干している。そしてそのほかの衣類は、適当に並べてあった。何しろ長くたんすの奥で眠っていたので、防虫剤の匂いが染み付いているからだ。もちろんそのまま袋に入れて回収に出しても問題はないのだが、長年お世話になった衣類への、最後の感謝の意味も含まれている。
 どうやら母の作業も終わりに近づいているらしく、大半の衣類がビニール袋に入っていて、残るは祖父の着物と、子供の衣類くらいが縁側に置いているだけであった。昼も近い事で、母も一段落ついたのか、作業を終え、昼食の準備をしている。
「ただいま!」
 その時、杉野家の子供、中学生の麻美が帰宅して来た。
「あれっ、こんな所に……」
麻美は縁側にいい加減に畳んである着物や自分の服を見ると、
「……何か言いたそうな感じ……」

麻美は、見た目はごく普通の中学生なのだが、実は特別な能力を持っている。
それは、動物や身近な商品と会話が出来るのである。このことは友人や両親にも教えていない、秘密の能力なのだ。だからと言ってこの能力のおかげで、九死に一生を得たこともないし、人命救助もしていない。もちろんこの力を使って一攫千金を狙ったり、国民の誰もから尊敬される正義の味方になったり、ましてや国家転覆を企てたりと言う大それた野望は、これっぽちも持っていない。
 あくまでも自分の活動範囲内で、自分の生活に潤いと知的好奇心が満たされれば、それでいいと言う考えを持つ少女である。もっとも、この能力を授かる事が出来たきっかけは、神話の時代から日本国の繁栄と平和の為に尽力を尽くされてきた、出雲の八百万神が、麻美のことを【日本で最も心の清い青少年】と認められたからである。
 だからこそ、この偉大なる能力を、自己の野望実現やあらゆる欲望成就の為に使われることなく、つつがなく活用できているのだった。

 麻美は、周辺に誰もいないことを確認すると、
「今、何をしているの?」
 とシャツに向って聞いてみた。
 するとシャツは、人と話す事が初めてだったのか、戸惑いながらも、
「あ……今、ここで日向ぼっこをしていたんだ」
 麻美は、「そうなんだ……。けどこの家でのんびり出来るのはもう少しなんだよ」
 数日後、衣類の集団回収が行われることは、既に回覧版で分っている。ここにいる衣類には悪いが、事実はきちんと伝えなければならないと確信した。
 いきなりの宣言に、そのほかの衣類や着物も突然慌てふためいた。
「じゃあ、僕達、これから一体どうなってしまうの??まさか燃やされたりしないでしょうね」
 どうなってしまうの、と言われても、実際の所麻美は、回収されたあとはリサイクルされるとまでは知っているが、その先はあやふやだ。けど、すぐには処分されないのは事実だ。
「……えっと、えっと……ちょっと待ってて」
 麻美は、台所にいる母の所に言って、知恵を拝借することにした。
「お母さん、ただいま」
「おかえり」
「縁側の所にある衣類、あれって今度の回収に出すんだよね。でもって、あの衣類、回収されたらどうなるのかな?」
 麻美の意外な問いかけに、母は、少し考えた後、
「そうね……、お母さんも良くは知らないけど、きっと……程度のいい物はリサイクルショップとかバザーで売りにまわされるんじゃない?そしてそこそこ綺麗なものは、海外とかに支援物資として寄付される。そしてそれ以外物は、雑巾にしたり何かの詰め物として使われるんじゃない?確かそんな事が昔広報に載っていたような気がするんだけど」
「そうなんだ。ありがとう」
「昼ご飯、もう少しで出来上がるから……」
 母の問いかけには、適当に答えると、また縁側に向った。
 縁側の衣類たちは、麻美からの突然の宣告に、今も恐怖と心配の渦中にいる。
 麻美の姿を見つけるなり、
「帰って来た!」
「オレ達どうなるのか調べてきたのか?」
「燃やされたくない!」
と、色々聞こえてきた。
「お母さんから聞いてきたけど、これらの衣類は、全てリサイクルされるから、安心してね」
 衣類から、次々と「良かった」とか「これで一安心だ」とした声が聞こえてきた。
 しかし案の定と言うか、大きな着物だけがまだ理解してないみたいで、
「りさいくる、って何だ?」この家にある最古参だけあって、外来語に戸惑いを持っているらしい。すかさず、
「再利用、ってことよ。具体的に話すと、君達は、回収されたあと、選り分けられ、再び売りに出される物、海外の人達に贈られる物、雑巾とかにされる物、などとして、再び誰かの役になるんだよ」
着物は、
「なるほど。今も昔も物を大切にする心は残っているんじゃな」とつぶやいた。さすがに歴史を刻んでいるだけあり、昔のことも詳しい。更に着物は、
「この着物は、布地も無駄にしないで作られる、実に効率の良い衣類なんじゃ。汚れたら洗い張りという布地に優しい特別な洗濯方法をするので長持ちもするし。着られなくなっても、捨てることはせず、江戸時代では古い着物は寝巻きとして使い、擦り切れたらオムツにして、更に使い古したら今度は雑巾、そして最後は風呂の炊きつけとして燃料として利用される、完全な循環型社会だったんじゃ」
 麻美は、とことんまで使い切ると言う昔の人の知恵はさすがだと思った。また、そう言う話を聞いて、たくさんの衣類は感動した。
 すると今まで麻美が着ていたブラウスが、
「なら、私の様なまだまだきれいな物は、バザーに回されるか、海外に送られるのかな?」とつぶやいた。
隣のスカートは、
「私のは、だいぶくたびれたから、きっと海外にまわされるのかな?」
麻美は、
「海外ならまだいいじゃないの!多分アフリカとか東南アジアとかの発展途上国だと思うけど、だからこそこういった援助衣類は国民が皆待ち望んでいるんじゃないの?だからきっと丁寧に着てくれると思うよ」
 その一言で、大半の衣類は安堵している。けど恐らくこの着物は自身が悟っているように雑巾とかに使われないであろう。麻美は少し心配したので、手持ちの携帯電話のインターネット機能を使って、リサイクル雑巾について検索をして見た。
「今調べたんだけど、程度のよくない衣類や、会社のロゴ入りの衣類などは、雑巾として利用されるんだけど、その大半は工業用ウエスというものになって、機械類の清掃に使われるんだって」
 そうなると着物以外の少数の古衣類は、ますます震え上がったのは無理もない。
「まあ、油とかの汚れ落としに使われることはあまり無いから、安心した方がいいよ。それでも人に役立ちながら生涯を終えるのだから、胸張って堂々としていいよ」
 麻美の一言は、あくまでも気休め的にも聞こえるが、これでも残りの衣類も落ち着いたみたいだ。
「お昼が出来たよ!」母の声がした。
「昼ご飯が出来たので、行かなくちゃ。……あなた達とはお別れだね。第二の人生もきっと明るいと信じている……皆元気でね。またどこかで会えるといいね」
 そう別れを告げると居間に向った。
 昼食を食べ、歯磨きを終えると麻美は縁側に向った。既にさっきの衣類はビニール袋に仕舞われてしまい、声すらも聞こえなかった。少し前まで話をした仲間が袋詰めにされてしまったのは少し残念に思えた。
 夏の終わりの昼下がり、衣類の仕分けを済んでビニール袋に詰められた古衣類を見ながら、(私の服が、誰かが再び着てくれれば嬉しいな)と思うと、残った宿題を片付ける為に自室に向う麻美であった。

【続く】
参考サイト:衣類のリサイクルを学ぼう http://www.tashiroshouten.co.jp/risaikuru/risaikuru.html
参考資料:大江戸えころじー事情(石川英輔 著)

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