第11章  フリマでの出逢い
「書き込み寺」第22回企画参加作品 お題:実在する絵画

 麻美はフリーマーケットが大好きだ。
 欲しかった洋服や本が安く買える事はもちろんだが、それ以外の目的もある。それは彼女の持つ特殊能力によって、売っている商品の【話】を聞く事が出来るからだ。
 まだまだ非生物と会話が出来る能力は初級レベルなので、一部の品物しか会話を聞く事が出来ないが、それでも麻美にとっては十分だ。
 たいていは、その家の日常的な出来事に関するつぶやきや、それぞれの商品の自慢話とかいうたわいのないものであるが、人間の井戸端会議みたいな商品同士の語らいもあり、それに耳を傾けるだけでも楽しいのだ。
 もちろん普通の人間には聞こえないのだが、客に対し一生懸命媚びている物、逆に慣れない屋外に放り出されてオドオドしている物、方や偶然隣同士になった商品を世間話をしている物、とか人間そっくりの感情が手に取るように把握できる。

 ある土曜日。麻美は定期的にフリマが開催されている公園に出かけた。外は澄みきった青空。真夏の照りかえった太陽ではないものの、それなりに力強さを感じる日射がある。正にレジャー日和、フリマ日和であった。フリマの出店者もかなり多く、午前中から多くの買い物客で賑わっていた。
 売り手の呼び声と共に、麻美の耳には色々な商品の話し声も聞こえてくる。そんな【話し声】の一つ一つを聞いているだけで、その家の事情もそれとなく分ってくるし、どんな使い方をされたのかも聞ける。麻美はこれによって購買する判断材料にもしている。

 そんな中、他の商品と違う、悲鳴とも取れる声が聞こえてきた。
「……眩しいよ……暑いよ……」
 声の元を目でたどっていく麻美。その先にあるものは絵画が描かれた額縁だった。その絵画は麻美でも知っているものだった。作者こそは知らないものの、笛を吹いている少年の絵で、学校の美術室で見た事がある。
 思わず指差してしまった麻美に対し、売り手であるおじさんは、
「この洋画かね?複製だけどなかなかいいものだよ。入っていたダンボールが古くぼろぼろなので、……1000円でいいかな?」
「おじさん、高いよ〜!」
「ならば500円でいい。持っていきな!」
 半額まで下げてくれたことと、声の主であろう少年が何だか可哀想な感じがしたので、有無を言わず財布から500円玉を出し、おじさんに渡した。
「毎度あり!」
「おじさん、悪いけどこのままもって帰るのは大変だから、紙袋に入れてください」
「ああ、わかった」
 と言いながら、おじさんの足もとにあった大きな紙袋に入れて差し出した。麻美はそれを手に提げると、紙袋の中から、
「おねえちゃん、ありがとう。僕を助けてくれて」
「いいのよ。私も部屋のアクセントとして飾っておくのも悪くないと思ったし」
 すると少年は、
「今までずっと家の物置に入れられていたので、暑くも寒くもなく快適だったけど、今日いきなり家の外に出され、しかも直射日光まで浴びさせられたんで、喉はカラカラ、肌は黒くなるし、もうたまらなかったよ。おねえちゃんが買ってくれなかったらきっと夕方には干からびてしまったかもしれないよ」
「そうだったんだ……もう安心よ。これから私の家に行くから、そこでゆっくりしていればいいよ」
「ありがとう。おねえちゃん」
「……私の名前は麻美よ」
「うん、わかったよ。マミちゃん」
 麻美は、額縁が入った紙袋を自転車の前かごに乗せると、家路に向かった。

 自宅に着くなり、額縁を紙袋から取り出し、麻美の机の脇に置き、額縁が入っていたダンボールを捨てようとした。そのダンボールには、【マネ・笛吹く少年 複製画】と書かれている。マネくらい麻美も名前は聞いた事がある。名の知れた作品が部屋にあるだけでも、ちょっとリッチな気分になったりした。
 ダンボールを古新聞入れに捨てて、再び部屋に入ると、その額縁の少年が、
「いや〜、ここは涼しくて心地いいや!」
 とつぶやいた。心なしか笛を吹く少年の口元が緩んだようにも見えた。その時だった。
「のどが渇いた!」
 と訴えながらその少年が絵画から飛び出してきたのだ。と言うか、額縁の中にはちゃんと笛を吹く少年が描かれている…けど、少しだけ絵画の少年の姿が、薄い色になっている!つまり今飛び出したのは実体のない霊か?それとも魂か?多分これも、麻美が八百万の神々から授かった【不思議な力】なのか?!
 改めて麻美の脇に、絵画と同じ姿でちょこんと立っている少年に話しかけた。
「……こんにちは……」
「やあ、マミちゃん。さっきはいきなり怒鳴ってしまってすみません。さっきまで暑い中に放置されたので、のどがカラカラなんだ。何か飲む物でも欲しいな……」
 心優しい麻美は、
「ちょっと待っててね」
 と言いながら部屋を出て、台所からオレンジジュースをコップに注ぐと、部屋に持ってきた。
「こんなものでいいかしら?」
 と麻美が尋ねるや否や少年は、ジュースの入ったコップを奪い取り、笛を足もとに置き、両手で一気に飲み干した。
「あ〜美味しかった。これでしばらくは大丈夫だよ。マミちゃんありがとう」
「ええ。どういたしまして。……ジュース飲んじゃって、明日油絵が湿ったりすることはないでしょうね」
 麻美の意地悪な質問に少年は笑いながら、
「僕は絵の中に宿る精霊みたいなものだから、実体がないのさ。だから絵の中に入ってもその絵には何も影響されないんだ」
「じゃあ、あのジュースはどこへ行ったの?」
「それは僕にも分らないんだ。けどジュースを飲んだのは本当なんだけど」
 となると、私が今までに色々な物体と話をしたのも、その物体に宿る精霊だったんだな、と勝手に納得した。
 のどの渇きが収まり、満足した少年は、再び笛を口に当てながら、
「じゃあ、そろそろ絵の中に戻るよ。さっきは緊急事態だったので思わず絵の中から飛び出しちゃったけど、もうしばらくは飛び出して来ないから安心してね」
 との言葉に、麻美は、
「ありがとう、気を遣ってくれて。……けど、あなたなら私の寝ている夜中だったらひっそりとここから飛び出して遊んできていいのよ。だって、あなたはまだまだ子供。遊びたい盛りでしょうから」
「え、これからもいいの?!」
「うん。けど、私や家族、それとペットのハムスターにちょっかい出さないでね」
「わかった」
 その言葉を残し、笛吹く少年の精霊は再び絵の中に入って行った。

 その後この絵画は、フリマの会場で見た時よりも、微妙に眉が下がり、ほんのちょっとだけ可愛らしくなったように麻美には見えた。
ある夜中、トイレに行きたくなり目が覚めてしまった麻美が、ベッドから起きあがろうとした時、はじめて聴く旋律が麻美の耳に届いた。
(あの絵画の少年だ!)
 きっと笛吹く少年が、あの炎天下の中で救ってくれた恩人である麻美に、ほんのちょっとの恩返しをしているのかな、と思った。
 少年の恩返しはその後も続き、朝の目覚めの笛、帰宅した麻美を迎える笛、心地よい眠りにいざなう笛、と、麻美だけにしか聴こえない美しいメロディを奏で続けた。
 麻美は絵画に感謝すると共に、時折あの時に少年が美味しそうに飲み干していたジュースを額縁の側に置くようになった。今となっては、
(あの時フリマで値切らなくても良かったかな)と考える麻美であった。けど、
(その差額がジュース代だと思えばいいか)
と思い、今日も絵画に感謝し、軽くウインクをした。
その時、笛吹く少年の頬が少し赤らんでいるかのように見えたけど、気のせいかな!

【続く】
使用作品:エドゥアール・マネ「笛吹く少年」
http://art.pro.tok2.com/M/Manet/mane12.jpg
※この作品は、古典落語「応挙の幽霊」を現代風にアレンジしたものです。

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