第1章 出雲の国の山奥で 
 かつて【出雲(いずも)の国】と呼ばれていた島根県東部の山奥深く。
 ここに八百万(やおよろず)の神々が集まる小さな祠(ほこら)が建てられている。ここには日本各
地に祀られている神々が一堂に集まる場所の中のひとつとされている。神と言っても普段は様々な
動物の姿に変化(へんげ)して下界に下りて生活しているのだが。
 そして彼らは毎年10月の『神有月(かみありづき)』に出雲に集まり、神様同士で今年一年の報告
をしたり下界に住む優秀な人間を表彰したり、逆に悪人を懲らしめたりする取り決めを行なっている。
 その集まりで毎年行われている表彰制度のひとつとして、他の模範となる青少年を毎年一人選ん
で、その人に【人間以外の生物と会話する事のできる力】を授けているのであった。
 10月に日本全国8つの地域から一人ずつ選び、翌年5月5日にその中からもっとも優秀な一人を
選ぶという仕組みである。そして5月5日の午前5時5分55秒に受賞者に直接テレパシーを使って報
告し、その後訪れる使者に会って初めてその効果が授与されるのであった。
 全日本に住む生物の【語】を司る機関が主催となって行なっているので全部5のつく日に行なわ
れるのが古くからの伝統なのである。
 早速各地域の神々から優秀青少年の候補が報告された。親孝行な小学生・親のすねをかじらな
いで自ら働いて学費を稼いでいる大学生・老人に親切な高校生……など各地から他の模範となる
子供たちがノミネートされた。そして各地域の候補者を常に監視調査する監視員をそれぞれの地
域に派遣させた。
 翌年の5月4日の夜。各地域から派遣された監視神が出雲に戻ってきて、候補者の素行の調査
結果を報告した。その結果をもとに本年の優秀青少年が決定された。今年は関東地方に住む中学
生が大賞に決定した。
 翌日の5月5日午前5時5分。出雲の祠から八百万神の長が関東地方に住む受賞者に対し【八百
万神主催、平成16年度優秀青少年受賞おめでとう】という趣旨のテレパシーを発しはじめた……。

  千葉県に住むごく普通の中学生、杉野麻美(すぎの まみ)14歳。小さい頃から素直で明るい子
で、学校でも近所でも「明るくてよい子」と評判であった。
 その評判はあちこちでも知られていて、何と地元の守り神様にもその美談は伝わっていた。
 平成16年5月5日。麻美は変な夢を見た。数十匹の動物達が森の奥にある小さい神社のようなと
ころで会議をしていたのであった。その神社になぜか麻美本人が訪ねて、大きな熊から
「……優秀青少年大賞受賞おめでとう。あなたには特典として人間以外の生物と話せる権利を授与
します。一ヵ月後あなたのもとに使者が参りますので楽しみにしてください」
と言ったような言葉を聞いた。きちんとお礼をした麻美は動物達から賞状をもらい森を後にした。
 そんな夢だった。
 朝。目覚めた麻美はさっき見た夢がいつになくリアルでカラーの夢だったのに不思議になった。い
つもは夢に色など付かない麻美であったが、不思議な位脳裏に焼きつくほどの美しい夢であった。
けど(ひょっとして正夢だったらきっと楽しいな)と思い、【メルヘンな夢(=八百万神からのテレパシ
ー)】」を半分信じながら毎日を過ごすのであった。
 6月初旬のある日。梅雨の走りなのか、朝からどんよりした雲が千葉県一体を覆っている。
 麻美は、傘をさして学校に行こうか迷ったが、結局傘を持っていかずに中学校へと通った。
 案の定お昼頃から雨が降り始めてきた。そして放課後には本降りの雨となってしまった。
 傘を持ってこなかった麻美は校門からしばらくは友人の傘に入れてもらったが、その友人とも別
れ麻美は仕方なく三叉路にある大きな木の下で雨宿りをする事にした。
 このあたりは新興住宅地なのだが、まだまだ田んぼが残っているため、田んぼにいる蛙の鳴き
声が聞こえ始めている。まだまだ入梅前なので本格的な【かえるの合唱】」とまでは行かないが、こ
うやって聞いていると蛙の鳴き声も雨音と合わさってとても幻想的に聞こえる。
 するとどこからか小さい声で「マミちゃん」という声がしてきた。
「誰ですか?私を呼ぶの?」
麻美は辺りを見回すが人っ子一人いない。すると足元からまた小さい
声がしてきた。
「このたびは受賞おめでとうございます」
「!」
麻美ははっとした。
(するとあのときの夢は本当だったのだ)と思った。
 麻美の足元に居たのは一匹の蛙だった。蛙は、
「マミちゃんに使者からの通達、無事に完了しました。明日から自由に動物などと話せます。そして
経験を積む事によって生物以外も話せるようになります!」
「まあ、なんて素敵なのでしょう。商品にも会話ができるなんて夢のような話ですわ!」
と麻美は感激した。
そして蛙は麻美に一通りの会話方法を伝授した。要するに会話したい生物に向かって念じればい
いだけである。ただし相手がその気でなければ話せない……と言った内容。
 麻美は蛙から色々な話を聞いた。大賞は10年前から毎年選定しているが特典を行使しない人が
多いとか、使者は機動力の大きい小動物が多いとか……。麻美にとって興味深い内容ばかりだ。
そろそろ帰るという蛙の声を聞いて麻美は、
「ね?あなたにも特技があるでしょ?」と尋ねた。
 「もちろんですとも。私は鳴き声で天気を変えることができるのです。今日もマミちゃんに会う為に
あえて雨を降らせたのです」
蛙はそう喋り終わると高い声で鳴き始めた。
すると本降りの雨だったのがうそのように晴れ渡った。
「これで雨にぬれずに帰れますよ」と蛙が話すとまた低い声で鳴きだした。
 今度はどうなるのだろう……麻美は胸をわくわくしながら待った。
 すると、麻美の目の前で突然大きな嵐が発生した。蛙は
「しまった!間違えた!あれ〜〜〜〜」
と叫びながら嵐と一緒に空高く舞い上がい、蛙の姿があっという間に見えなくなってしまった……。
 麻美は「あらら、飛ばされちゃった。蛙さんかわいそうに。けどうまく田んぼに落ちれば助かるね。
でも今日はなんだか楽しい日だった。明日もいい『出会い』があるといいな!」
というと軽やかな足取りで家路に向かう麻美であった。
【続く】