第2節 再出発


 岡村きょうだいは、帰宅してからも、心の奥に煮えきれない何かが残っていた。

 入学当初から慶欧大学への進学を切望していて、すでに入試への準備も進めている桜子は別格として、麻布が丘高校に編入してからずっと同じグ

ループで過ごし、楽しい時間を共有し、時にはみんなで話し合い問題を解決する。そんな親友と高校卒業後別々になってしまう……。

 特に沙奈は、例の川越の件があってか、ほのかと同じ大学に進学できないと言う事に、悲壮感さえある。

 就寝時、隣のベッドにいる悟に、

「やっぱ、あの発言が気になって気になって……」

「そうだな、いきなりあんな事言い出すんだから。僕も同感さ」

「多分、試験に落ちたショックもあると思うけど……私達と一緒に進学できないのがちょっと寂しくて」

「その気持ち分かるよ。きっと、日にちがたてばきっと考え直してくれるさ」

「そうなればいいけど……明日もう一度皆と話してみるよ」

「そうだね」
 
 そう話し合うと床に付いた。

 翌日の昼休み。

 グループが集まる教室の隅でテストの話を持ちかけると、夕べの不安要因は一気に吹き飛んだ。

「やっぱ高卒で就職はダメだって!」

「あたしも親にひどく叱られたわ!」

 昨日試験を落ちた組がめいめい打ち明けてくれた。やはり、3人とも親にテストのことを話したら、即座に「進学しろ」との事。

「こんな不景気の中で、高卒で職を持てるわけがない。せめて大卒でないと世間が認めてくれない」

 珍しく圭がもっともなことを言う。やはり親は賢明だ。

「ママの仕事なんか継がなくていいから、ちゃんと大学を出てそれなりの会社を見つけなさい、って言われた」

ほのかも同じだ。佳宏にいたっては、

「いまどきフリーターなんかで飯は食っていけない。いくら親の七光りがあっても無理」

との内容のメールが母から来たと言う。

(心配して損したわ……)と思いながら、沙奈は、

「そうだったの……やはり最低限大学に入らないといけない時代になったんだね」

 と現状を分析し、少し強い声で、

「それなら、皆で平成大学に入学できるように、今日から一生懸命勉強しましょ!」

と激励した。その言葉に応えたのか、佳宏は、

「んだな、オレの将来のためにも、ここはいっちょ頑張るか」

と、相変わらずの中身の薄そうな意気込み。

すると、脇から悟が資料を持ち出してきて、

「平成大学は、今年から一芸入試を始めたみたいだし、麻布が丘高校の生徒は一般入試ではいくらか合格ラインが優遇されると言う噂があるらしい」

と3人に教えた。

間髪をいれず彩華が提案してきた。

「それなら、鈴原君は、一芸入試で合格できるよ!」

 その言葉に他のメンバーも頷いた。そのあたりの情報を知らない悟は、

「え?何で?」

と質問した。

「何だ、岡村は知らなかったのかよ!実はなあ……」

 幸親が説明しようとしたら、

「圭ちゃんは、二年生のときからバンドを組んでいるのよ」

 ほのかが割り込む。岡村きょうだいが知らないのも無理はない。

 するとご当人の圭が、満を持したような顔で、バンドの紹介を始めた。

「そうなんだ。岡村君たちには今まで言わなかったんだけど、僕は学校外で知り合った仲間とバンドを組んでいるんだ。ちなみに僕がリーダーさ!」

「あたしも聴いた事がある。鈴原君たちのバンドって、昔の名曲から今はやりの曲までこなすんだよね」

 と彩華。

「特に最高なのが『親友(とも)へ』だよね!」

「ああ。この曲はもちろん諸星君への思い出を綴ったもので、僕の最大のヒットナンバーさ」

 これを聞いて、沙奈が彼を見直したのは言うまでもない。普段の話し声が、いざステージに立つと『ファンを魅了するヴォーカル』に変わると思うと、

今すぐにでもその声を聞きたくなってしまった。

 沙奈の瞳が輝いているのを気がついてか、ほのかが、

「それならあたしが持っているバンドのCDを貸してあげるよ。まあ、圭ちゃんたちのバンドは時たまJRの駅前で演奏してるから、今度誘ってあげる」

「ありがとね。……これなら一芸入試で何とかなれそうね」

 沙奈の声が明るくなった。

「そうだね。最近では音楽関係者からもちらほら聴きに来てくれるみたいだし、これで挑戦してみるよ」

 圭の意気込みともとられる発言をしたところで、

「となると、あとは佳宏くんと唯崎さんだね!」

 悟は軽い気持ちで質問を投げかけた。もちろん当の2人にとっては、まだダメージから癒しきれていないのは知ってだ。

「まー、落ちちゃったのは仕方ないが、まだ大学進学への道はあるんだから」

「そうです。今から落ち込んでもいい結果は出ません。私達も応援や支援はします」

 彩華と桜子が励ます。すると悟が、

「サッカー部に代々伝わっている過去問には入試試験もあるんじゃないの?」

 以前、新聞部の取材の際に見つけた事実を、今になって秘密にしておく必要はないと悟は判断した。

「そっか、【あれ】があるか。岡村君、あんがとな」

「その問題集があれば、ほのかちゃんにも渡してあげて、これを中心に勉強すればいいんじゃない?」

 沙奈はほのかに向かってそれとなくエールを送った。

「分からない問題があったらお願いね。金井さん」

「ええ。メンバーが全員入学できればいいですね」

 これで、試験に落ちた人への進路が決まった。これは今後行われる面談でも学校側に伝えるであろう。

「いや〜、平成大学に受験すると言ってくれて私はうれしいよ。これからずっとずっとよろしくね」

 沙奈は昨日の心配事が解決したのか気分が高揚している。

 3者面談が無事終わり、メンバー全員が進学すると決まった11月下旬。放課後、久しぶりにパープルに向かう8人。

「8名様ご入場!」

 相変わらず元気のいい由美の声が店内に響く。

 すでに情報をもらっている村崎さんが、

「認定試験に落ちた3人も平成大学に行くんだってね!」

「ええ」

 すると由美がしゃしゃり出てきた。

「平成大学のことなら、遠慮なく私に聞いてね。半同棲しているカレシが平成大学に通っているから、ある程度の情報が入手できるよ」

 由美の発言に少しドキッとした佳宏。側で聞いてた悟も、

(さすがに早瀬さんは東京に来てすっかり元気になったね)と思った。

 いつもの席でメンバーで談笑していると、村崎さん自らが席まで来て、

「これはワシからの気持ちだ」

 として人数分の珈琲を持ってきてくれた。

 【合格祈願】としておごってくれた珈琲の味は、今までになく美味だった。

【続く】


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