10、簾  「すだれの独り言」
 どの家庭にも知らない間に使われなくなったもの、家族が知らない間に物置にしまわ
れてしまったものが少なからずあるだろう。
 おそらく簾(すだれ)もそのひとつであろう。
 そもそもすだれは夏の直射日を遮り風を通し、更にプライバシーも確保できるという優
れた季節用品であった。

 私はすだれ。私はこの家庭が購入されて以来、永い間使われていて多大なる活躍を
したものである。けれど最近は私も時代の流れからか不用品扱いされて、ずっと物置にし
まわれていたのであった。
ところが再び私が使われる事になり、今日物置から出された。物置に入れられて以来も
う二度と外に出られる事ができないと覚悟をしていたが、久方ぶりに太陽を拝められとて
も嬉しかった。思えばかなりの時間物置きの中で過ごしたのだろう……。
 嬉しさのあまり、ふと私の活躍した時代を思い出してみた…………。
 昭和30年代。
 私、すだれはどの家庭でも夏の必需品として活躍していた。もっとも団扇や扇子はあっ
たが自分だけ風を送る道具である。また扇風機は有ったが比較的高価だったし性能もあ
まりよくなかった。
 部屋全体の涼をとるためには、昔はエアコンとか言う便利な機械がなかったので、各家
庭の窓や玄関のところに打ち水をした後に私(すだれ)を下ろすのが普通であった。
 すだれを通して外から涼しい風が入ってくるので、人間はかなり蒸し暑い昼間でも暑さを
しのげることができたのである。
 もちろんこれは古くから民間に伝わる生活の知恵であった。しかも私の優れたところは、
風を入れること以外にも有効なのである。それはすだれをしていると家の中からは外の様
子が分かるが、外からは中の様子が分からないのである。つまり窓を開けていても道路
から家の中の様子が何も見えないのである。
 だから家の人が例え裸で昼寝をしていても外から知らない人に覗かれるといった事が
なかったのである。まあ、時々この家のご主人が六尺褌(ろくしゃくふんどし)一丁で寝て
いたところを偶然来た来客に見られて、驚いて帰ってしまったことがあったが……。
 この当時は家の玄関を開けたままにしても泥棒の被害を考えなくてもいいくらい平和で
安心な時代だったことは確かだ。
 確か一度だけこの家に押し売りが来たときは、私が気を使い、私が体を張って押し売り
にのしかかった。そのときは突然すだれが倒れたので押し売りはびっくりし、大きな悲鳴
に家の人がすぐ気づいたので、押し売りは慌てて家を出て行ったな……。
  私にもいい事も悪い事も沢山あった。今思うと私がこの家で使われて幸せだったと思う。
……思えば昭和30〜40年代くらいが私の全盛期だったかもしれない。昭和50年代くらい
になると各家庭の空調設備も普及し始めたり、安価なプラスチック製のすだれやブラインド
が売られ始まると、私のような竹製のすだれは世間から段々時代遅れのものと評価され
てきたのであった。
 この家でも昭和60年代あたりになると、この家もエアコンを買ったとかで私が不要にな
り、そのまま物置の隅に追いやられてしまったのであった……、
 それ以来私は暗い物置の隅にたたずんでいた。
 朝も昼も夜も無常に時が流れていく……私にとって空虚の時が永く続いた。
 私は現役を退いて20年近く、すでに己の復活の夢も捨て去る少し前のことだった。時代
はすでに21世紀になっていた。
 「おお、あったあった。まだうちにすだれがあったんだね!」
 私を呼ぶ声がする。以前の主人に似ている顔だが声が違う。……そうか、きっとこの人
はこの家の主人の息子さんか!私が最後に見たときは小学生だったが知らないうちに立
派になったんだ。
「いつか使うかと思ってずっと捨てなかったんだ。それをどうするんだい?」
 この声は確かにこの家の主人だ。以前と比べてだいぶ年を取ったな。
 そうすだれが思っているうちにこの家の息子はすだれを広げると、
「うちの嫁がエアコンが苦手なので、外の風を効率よく通す【すだれ】のようなものを欲しが
っていたんだ」
「うちではもう使わないから、これでよかったらもって行きなさい」
 こうして私は十数年ぶりに【現役】として再び使われるようになった。
 息子は誇りまみれの私を水で洗い流すと雑巾で汚れを拭きとってくれた。そして前住ん
でいた家から車で30分のところにある息子夫婦のアパートに移り住んだ。
 私は息子夫婦のアパートのベランダで【第二の人生】を送っている。私のような古いもの
も「風情があっていい!」と喜んで使ってくれた人がいたと思うと思わず感激してしまった。
 すると息子の嫁が来て、私を見るなり、
「本当にすだれはいいね。涼しい風は入ってくるし、外からも見られないし、見た目も爽や
かでいいし……」
 一時期は家族に見捨てられて処分され燃やされるることも覚悟したが、いい人にまた使
われてくれて、ここで余生を送れることが私にとってとても嬉しかった。
「さあ今日も息子夫婦のためにいい風を通してあげなくちゃ!」
 今日もご機嫌のすだれであった。
【完】
参考資料:日本紹介のための英語会話辞典(旺文社)
小説置き場へ
TOPへ
掲示板・メールフォームへ
お題小説TOPへ