23、寒椿  「寒椿の家のおばあちゃん」
 集金業務と言う仕事は直接人と人が面と会って行なうのが一般的だ。。そして何よりも【お
金】が絡んでくるのであるから厄介なものである。集金する側にとってはいくら嫌な人でも「金
を払ってもらうお客様」であるので最低限のマナーを持って接しなければならない。
 それとは正反対にとても感じのいい客のときは集金に行くこと自体が楽しみだったりする。

 群馬県のとある小さい町。この町の新聞店で専業で働いている佐藤さん(35歳)が、この
話の主人公である。彼は、新聞の購読者からみると、町内でもちょっとした有名人である。彼
が毎月新聞代を集金する際に、購読者に必ず一品サービスとして差し上げているのである。
といっても都会ではありがちな洗剤とかビールの券といった高価なものではなく、佐藤さんが
業務の合間に作成した折り紙やビーズといった程度であるが。
 もちろんこのような行為は店側から指示された事ではなく佐藤さんの独断で始めたアイデ
ィアである。
 もっぱら現場仕事で働いていた佐藤さんが会社を退職後、縁あって入った新聞店で仕事
を始めた当初は集金業務は苦手で客に対しぶっきらぼうな対応でしかできなかった。彼は
今まで友人もあまりできず、前の職も営業には無縁だったため、初対面の人の接し方がなか
なかうまくいかなかった。
 ある日、(何か集金のときにちょっとしたものでも客に差し上げればそこから話題を引き出
す事が出来るだろう)と考えて以来それを行なっているのである。
 成功した影には、彼が担当している地域は農家が多い地域だったので客もあまりせかせか
している人が少なかったからもある。
 そんな彼でも、毎月の集金を重ねていくうちに必然的に(ここの家は話し易い)とか(ここの
家のおじさんは気難しい)とかいうお客様の癖が段々とか分かってきた。佐藤さんのちょっと
したサービスに関心を示さなかったり、彼と気性が異なる客は淡々と事務的に集金を済ませ、
気さくな人の家はついつい長居をするようになったのである。
 その中で佐藤さんが一番気に入っている家がある。鎌田さんと言って集落の一番奥にある
平屋建ての家である。家の周囲はツツジや寒椿などで作った生垣で囲まれている。
 そこの家は夫婦と80歳近いおばあさんが暮らしている。夫婦は集落外れの牧場で酪農をし
ている為、昼間はいつも近所にある自分で営んでいる牧場に行っていて働いているので日
中はおばあさん一人でTVを見たり庭先を散歩していたりして留守番をいるのであった。したが
って佐藤さんが集金に来るなりおばあさんは孤独を紛らわすためにあれこれ話をしてくるの
である。時には佐藤さんに果物やお菓子などを出してくれるのであった。もちろん彼も話をす
るのも聞くのも好きなのでおばあさんの話を聞いては相槌したり質問したりしているのである。
おばあさんにとっては退屈しのぎになるし佐藤さんにとっても自分の知りえない話を聞けるの
でお互い有益であった。
 月一回の集金を重ねていくうちに二人は話し相手になった。
 ある冬のことだった。
 佐藤さんは集金のときに鎌田さんの家には毎月折鶴をもって行くことにしている。最初は一
羽だったのが段々と数が増え、最近は10羽くらいを一度に持っていっておばあさんに差し上
げている。
 集金に行った時はおばあさんは奥の部屋で何か作業をしていて、家の奥から、
「今手が離せないので上がって来てくれないか?」との声がした。いくら赤の他人である集金
人でもむやみによそ様の家に立ち入るのは本来はいけないのだが、この家に関しては特別
だった。
 佐藤さんが奥の部屋のふすまを開けると、おばあさんはコタツにすわり折鶴を糸でまとめる
作業をしていたのであった。
「娘に『邪魔だからどかしてくれないか』と言われたので、捨てるのも嫌だったから邪魔にならな
い天井に吊るそうと思って」と愚痴とも聞こえる話を佐藤さんにしてきた。
 しかし佐藤さんはとても嬉しかった。自分が集金を始めてからずっとおばあさんに折鶴を喜ん
で受け取っていてくれただけで感涙ものだったが、全部捨てずにとって置いてくれて、さらにそ
れを部屋のインテリアにしてもらえる、ということだから佐藤さんの喜びもひとしおだった。
 おばあさんから一万円札を受け取り、おつりと領収書と、新聞社からサービスで全購読者に
配布している新聞整理袋とパンフレットを渡し、一連の集金業務を卒なく終えた。
 するととおばあさんは、
「そこにジュースの缶があるから飲んでいきなさい」と床に置いてある缶ジュースを指した。
 ジュースを飲みながら佐藤さんは、おばあさんに鶴のこと、嫁姑の関係こと、寒椿の生垣のこ
と……毎月似たような話なのだが。
 楽しい時間というのはあっという間にすぎ軽く1時間を越えていた。
 佐藤さんは時間を気にしだすと
「集金の途中に家に上がってもらって悪いね」といいながら帰る準備をしている佐藤さんにさり
げなく笑顔で缶ビールをお土産に渡すおばあさんであった。そんな気さくなおばあさんだった
ので佐藤さんが気に入っているのも無理もないことである。
そして次の月、鎌田さんの家の地区を集金する日がやってきた。
 佐藤さんはその日の分の集金をてきぱきとこなし、帰る時刻までの時間を十分確保しておい
て鎌田さんの家へと向かった。鎌田さんの家はあれこれ長居をする関係上、その日の集金業
務の一番最後に立ち寄る家にしている。
 鎌田さんの生垣は寒椿がきれいに咲き誇っている。毎年寒椿の花は見ているが、今年は例
年になくきれいに咲いている。
「日本新聞ですが、集金に参りました!」
 佐藤さんが呼びかけても全然声がしない。いつもは年齢を感じない大きな声で返事をするの
だが……今日に限って一体どうしたのか……。
 鍵がかかっていないから留守ではないし……と思いながら家に上がりふすまを開けた。 天井
から100羽近い鶴がつる下がっている6畳の部屋、何とおばあさんが畳の上に倒れているので
あった!低いうめき声が聞こえるので意識はあるようだ。
 どうやらおばあさんは戸棚から何かを出そうとしたときにバランスを崩して倒れたに違いない。
 佐藤さんは大急ぎで牧場に行き嫁に報告した。救急車を呼び、おばあさんは病院に運ばれ
た……。救急車が去った後、鎌田さんは、
「母はご存知の通り近所づきあいをあまりしない人だったのでもし新聞屋さんが来なければ発
見が遅くなり最悪の場合命にかかわっていたでしょう。あの時新聞屋さんが来ていただいたお
かげで手遅れにならず病院に搬送する事ができました。この度はどうもありがとう御座います」
と涙ながらに語ってくれた。
 実は鎌田さん夫妻も母が佐藤さんと親しかった事は前々から知っていたのであった。自分の
仕事が多忙で世話もできなかったが佐藤さんと話をすることで孤独感も紛らわす事ができて
嬉しいと日ごろから語っていたという。事実佐藤さんもこの集落に拡張(新聞の勧誘)に来る時
もたまに庭先にいる鎌田さんのおばあさんと立ち話をすることもあるのだった。
 次の月になってもおばあさんは寒椿の生垣のある家には戻ってこなかった。近所の人から
聞いた話によると、鎌田さんの娘夫婦が母について話し合った結果、最近足腰が弱くなってい
るし、先月の件もあるということから、家にいては万が一のときに危ないと判断し、町内にある
老人ホームに入所させたそうである。もちろん佐藤さんの鶴飾りとともに。
 昼間は家に誰もいなくなったいう事で、鎌田さんの旦那に毎月の新聞代の集金方法を問い
合わせた所、
「直接牧場のほうに来てください」と言われた。
 集金場所が変わって以来、佐藤さんは鎌田さんの新聞代は粛々と集金を済ますようになり、
集金する順番も新聞を配達する順になり一番最後ではなくなった。けど鎌田さんの奥さんは
優しい人で、牛の世話の傍ら時折老人ホームで暮らしているおばあさんの近況や酪農の話
をしてくる事もあった。
 あれ以来寒椿の家に入る事はなかった。佐藤さんにとって話し仲間が減ったことはとても残
念に思った。そして鎌田さんのおばあさんが少しでも長生きできたらいいなと思いながら今日
も寒椿の生垣の家に朝刊を配達する佐藤さんであった。
【完】
※この話は私が新聞奨学生をしていた頃の体験談が一部含まれています。
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