18、舞 「獅子舞」
 お正月。今では神社やデパートとかでたまに行なれている獅子舞は、かつてはどの町内
でも新年の行事の一つとして行なわれていた。

 昭和35年。東京の郊外でも正月になると獅子舞がどの家にもやってきたのである。たい
ていは地域の神社の氏子が担当して各家庭を回っているのである。
 東京に住む松田さんの家にも毎年元旦に獅子舞がやってくる。一家は毎年獅子舞を楽し
みにしているのであった。
 昼下がり、玄関から、
「あけましておめでとうございます!」との大声がしてきた。今年も我が家に獅子舞がやって
きた!父は喜んで前もって用意していたご祝儀を獅子頭に差し出した。
 獅子頭の口が開き、ご祝儀袋を飲み込んでいく姿を子供達は面白く見ていた。
「まるで袋を食べているみたいだね」と笑いながら言った。
 獅子舞を松田家の庭に通すと、さっそく舞が始まった。二匹の獅子が太鼓を鳴らしながら
舞っている。
「この獅子舞、なんか変や!」
 大阪から来た松田さんの親戚、市川さんの家の子供がそういった。松田さんは、
「関東の獅子舞は一人で一人の獅子を演じ、持っている太鼓を打ち鳴らして舞うのだよ。一
方関西では2人で布をかぶって一人が前足、もう一人が後ろ足になって舞うのだよ」子供達
にそう教えた。
市川さんの子供は、
「大阪の獅子舞もおもろいで」と松田さんの子供に自慢し始めた。
「今度は大阪の獅子舞も見たいな!」松田さんの子供達は親にせがんだ。
松田さんは子供に、
「いずれ時間ができたらな」と軽くあしらわれた。
 獅子舞が一通り舞い終わると松田さんは獅子に向かい杯に入った酒を振舞った。もちろん
新年早々家まで来てくれて舞をしてくれた御礼と新年の家内安全を古来から霊力があると
いわれている獅子にあやかって祈願したいという考えである。
 一人の獅子が喜んで松田さんに近づき酒が入った杯に手をした瞬間、
「酒は行った家全部でずっと呑んでいたでしょ!今日はまだまだ行く家があるのだからほ
どほどにしなさい!」ともう片方の獅子を演じている女の人の声。
 きっとこの2匹の獅子舞は夫婦でやっているのだろう。と松田さんも市川さんも思った。
「……とい言う訳で今日はこの辺で。また来年!」と言うと獅子はまるでそそくさといった感
じで松田家をあとにした。
「さっきの獅子舞、今日はきりきり舞いなんだな。きっと町内のあちこちの家で来るのを楽し
みにしているから……」松田さんはつぶやいた。
 すると突然市川さんが、
「うまい!獅子舞がきりきり舞か!よお考えたやないか!」と叫んだ。
それに気づかなかった松田さんはそう指摘されると改めて、
「確かにいい洒落になっている!新年早々大笑いとは縁起がいいな……」と笑った。
 家中笑いが響いた……。
 今と比べて時間がゆっくりと流れいていた時代の正月風景であった。
【完】
参考資料:日本紹介のための英語会話辞典 旺文社
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