3、金魚 「金魚の別荘」
 私は金魚。どこで生まれたかは詳しくは分からない。気がついた頃には日本という国の愛
知県というところにある大きな水槽の中にいた。
 水槽とはいえども食料は豊富で水は新鮮で、明るい太陽も燦々と輝いていてほどほどに
暖かかった。仲間もたくさんいて、とても安寧な日々を送っていた。
 しかしその私の身に突然「転機」が訪れたのであった。私は突然大きな水槽から小さい水
槽に【転勤】という事になった。もっとも高級金魚のひとつである和金である私の姿が他と比
べて美しかったからかもしれないが……
 小さな水槽に入れられた私は大きなトラックに揺られること3時間。私の転勤先は、東京と
いう大きな町にあるデパートの観賞魚売り場だった。
【職場】は狭かったものも温度管理も徹底され食料も十分にあった。(デパートから見れば金
魚は大切な売り物なのだから当たり前なのだが)
 しかしその勤務先も長くは居られなかった。私がデパートに転勤して一ヶ月も経たないうち
に見ず知らずの男の人から【トレード】され、今の勤務地から【名誉退社】となった。(人間の
見方からすれば主人公の金魚は客に買われたのである。)
 私は店員にわずかな水とともに小さい袋に入れられた。そして私を買った男の人とともに大
きな車に乗っていかれたのである。
(これから私はどこに連れられてしまうのかしら……)私は不安に思った。けれど私の乗ってい
る車はとても高級そうに見えた。
(ひょっとして……)なんとなく明るい未来を予想していた金魚であった。
  私はデパートを【退職】後、東京郊外にある一流企業の社長の家にある大きな池で悠々自
適な生活をしている。広い庭に一角にある人工的ながら多くの岩に囲まれた池に多くの先輩
の魚たちと一緒に泳ぐ日々が続いた。
 私はここに居る事自体とても幸せだった。
 ふと思うと私の辛かった時代が思い浮かんでは消えていく……
 愛知県の水槽で成長競争をしていた時代、東京のデパートで【商品】として多くの客に対し
媚びていた時代……嫌な時代はすべて終わった。
 私は大きくて静かな池で平和な日々を過ごした……多分私の命ある限りここでのんびりと
暮らすのだろう……
 そんな私も短期間ながら【別荘】に住む高貴な身分になった。
 社長の娘(高校3年生)が姿かたちの美しい私を気に入ってくれたのだった。娘は突然、
「私の部屋に金魚を置きたい!」と言い出したのである。
 親もきちんと育てるのなら部屋で飼ってもいいとの許可を得ると、娘は早速水槽一式を買っ
てきたのである。
 そして娘は私を網で掬うと準備された水槽に放たれた。
【別荘】は私が今まで住んでいた中では規模が一番小さかった。けれど私の心では幸せだ
った。なにしろ社長の娘に気に入られ、社長の娘の部屋で一緒に暮らせたのだから。
 しかし楽しい別荘暮らしは長くは続かなかった。社長の娘が海外の大学に留学するという事
でこの家を出て行くというのだ。社長の娘が泣く泣く私をもとに居た池に戻した。そしてその後
娘はこの家を後にした。私は私を気に入ってくれた社長の娘との突然の別れは辛かった。そ
して私が生きているうちには娘はここに戻ってこないだろうと思うとますます悲しくなった。
 けどやはり私はこの池のほうが好きだった。なにしろ池は広くてノビノビとしているし、仲間
もたくさん居るのだから……。
【完】
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