24、寿司  「父親」

 子供にとって父親というのは、母親と違い会社に居る時間が長いためどうしても接する時間
が短くなり、印象が薄くなりがちである。
 夜遅くとか休日くらいしか父親に会えない子供も多いという。そして子供は父親の印象はそ
のわずかな時間で決まるというらしい。

 昭和35年。東京郊外に住む小学6年生、木村和夫。彼の親は毎朝早く都内の会社に出勤
し、夜遅く帰宅するという典型的なサラリーマンであった。
 普段の日は和夫が起きている時間には父親は仕事をしているので平日には全く会えない。
その為休みの日位でしか父親と一緒にいられないのである。けれど毎日の仕事で疲れてい
るのか休日は一日中家でごろごろして、和夫と一緒に遊ぼうとしない。
 それが和夫にとって不満であった。けど父の仕事のおかげで家族が生活ができるのだか
ら文句も言えないのである。
 そんな父だが、たまに早く帰ってくるときが楽しみであった。もちろん和夫は知らないのだ
が、父はそのときは有給を使って会社を休み、趣味である競輪を興じているのであった。どん
なに負けても和夫にだけはチョコレートを買ってきてくれる。そして勝つと必ず寿司を買って帰
るのであった。
 父のギャンブルはあくまでも【趣味の範囲内】であった。しかも父は昔から一定の金額以上
は勝負をしないのである。したがって負けたらその日は「負け」でそのまま帰るのである。
 母は、父が「趣味の範囲」で競輪やパチンコをするのは了承している。そして買った時に買
って帰る寿司も家族で心待ちにしているのであった。
 10月のある日。和夫が学校から帰って宿題をしていると、父が帰ってきた。
「お父さんお帰りなさい!」和夫は声を弾ませて玄関に向かった。
「おお、和夫か。今日はみんなにお寿司を買ってきたぞ!夕飯はこれにしよう!」
 父は相変わらず自信ありげに話した。もちろん和夫は父が賭け事で勝って買ってきた事は
知らなかった。母に尋ねても教えてくれず
「悪いことをしたわけではないのだから大目に見てね。お父さんはたまの息抜きで遊んでいる
のだから」としか言わなかった。
 その日の夕食は寿司だった。その寿司は市内で一番おいしい寿司店の特上を包んでくれた
もので、和夫にとっては言葉で言い表せないくらいおいしいものであった。もちろんたまにしか
食べられないという事でおいしさが倍増しているのかもしれないが。

10年後、和夫も社会人にになり、少しではあったが給料をもらえるようになった。はじめて戴い
た給料を持った和夫は駅前商店街を歩いた。すると【持ち帰り寿司】の看板が立っている店が
あるのに気づいた。
「寿司か。ここ最近は食べたことないな……」と思った。
 ちょうど昭和40年代中ごろあたりから持ち帰り寿司のチェーン店が出始めていたのであった。
和夫は物珍しさと初任給の祝いで、家族に寿司のセットを買って帰った。
 家に帰るなり両親に買ってきた寿司セットを差し上げた。両親は感激し寿司もさぞおいしそう
に食べていたのであった。それもそのはず。父は賭け事をぴたりとやめていたのであった。そ
のため父が好きだった寿司からも遠ざかっていたのだった。
 それから30年後、時代は昭和から平成になった。和夫も50歳を過ぎ、結婚し2人の子供も成
人した。平成の世になると寿司はかつての時代の高級料理から庶民の食べ物に変化した。も
ちろん寿司店のカウンターで食べる昔ながらの高級な寿司店は残っているが、その代わり安
く提供できる寿司も出回り裾野が広がったのである。持ち帰り寿司は専門店をはじめスーパ
ーでもコンビニでも販売している。高級な宅配寿司から、安価で寿司を提供できるように考案
された「回転寿司」まである。
 それでも和夫は小さいときに父が買ってきてくれた寿司の味は、現在食すことのできるどん
な寿司にも勝るおいしさだと思っている。
 もっともその時に買った寿司は賭け事で買った時に家族の為に買ってきたという事は和夫
は既に知っていた。それはそれで大人としての趣味のひとつだし、悪い方向にのめりこまなか
ったことがえらいと思っている。さらにその金を自分のためでなく家族のためにも使っていたと
いうところが父親らしいと思っている。
 もちろん今でも和夫の心に「おいしい寿司のお父さん」として刻まれているのであった。
 小さいとき家族で食べた思い出とともに……。
【完】
参考資料:小僧寿し本部
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