16、リンゴ飴  「点検巡回」
 日本は一年中必ずどこかで祭りが行なわれている。歴史のあるもの・最近できたもの・信
仰に関係あるもの・町おこしになっているもの・規模も大小さまざまである。
 その祭りに華を飾るのが縁日である。たいていの祭りには露天商が屋台を出し、祭りに来
る人においしい食べ物などを販売している。昔からあるものなので、現在でもどこかしかノス
タルジーを感じる要素がある。素朴な屋台構え・威勢のいい売り声・懐かしさを感じさせる商
品……どれをとっても訪れる人に哀愁を誘っている。
 埼玉にあるとあるビル管理会社。中小の企業ながら県内に数箇所の事業所を持つ。
 県内北部にある事業所。従業員数は10名と他の事業所に比べて格段に少ないにもかか
わらず、請け負っている施設の数はこの会社の中で一番多い。
 県内中部から北部までの広い地域がこの事業所の受け持ち範囲だ。なので所長も含め全
員が各施設を車で毎日巡回しているのであった。
 今日も所長は従業員を連れて県内中部の小さい町にある町の施設の電気設備の点検巡
回に向かった。
 秋真っ只中の10月。空一面に晴れ渡りまさしくレジャー日和であった。
 今日巡回する最初の施設は事業所から車で30分のところにある。通常、最初の巡回場所
で一通りの日常点検を済ました後休憩を取るのが決まりとなっている。普段は施設内の適当
なところで休んでいるのだが、今日に限っては気候がいいので建物の外で休憩をする事にし
た。
 するとフェンス越しの道路に地元の小学生数十人が近くの神社から学校に戻っていく姿を
見かけた。
 数人の児童は、先生から買ってもらったらしいリンゴ飴をなめている。別の数人はヨーヨー
を手にしている
かな声が聞こえてくる。
 この神社は普段はひっそりとしているが、年に一度、安置している本尊の祭りが行なわれ
ているのであった。そのときは結構参拝客が来るのである。
 もちろん「このときばかりは!」という事から露店もそこそこの数が出店している。所長が腕
時計を見ると11時を回っている。すると所長は意外なことを田中に言ってきた。
「今日の昼食は屋台のお好み焼きがいいな。金は出すから買いに行って来い!」と田中に千
円札を手渡した。
(普段は近くのコンビニで弁当を買っているのに珍しいな……)田中は思った。
さらに「俺はここで休憩しているから露店でも見てくるがいい」といってきた。
 普段はあまり笑顔の見せない所長だったが今日に限っては機嫌がよさそうだった。
  田中は点検場所から歩いて5分くらいのところにある神社に向かった。確かに祭りが行な
われていてそこそこの人出があった。そして露店もたくさん出ていた。さっきの小学生が買って
いたリンゴ飴もある。たこ焼きがある。お好み焼きがある。クレープがある……。
 それを見ているだけでも田中は心がうきうきした。祭りの縁日というのは子供でも大人でも
何か心踊る要素があるのだろうか。
 田中は所長に頼まれたお好み焼きを買い、自分用としてリンゴ飴を買った。ここまで読んで
なぜ田中がリンゴ飴を買ったか?ということが疑問に思うだろう。まずひとつはリンゴ飴自体が
100円と安かったこと。田中は家から弁当を持参していたので食事になるものは買わなくて良
かったという点、もう一つは田中個人の小さいときの苦い思い出に影響したからである。
……小さいとき母と一緒に行った近所の神社の夏祭り。たくさんの屋台の中にリンゴ飴の露店
もあった。田中は食べたかったが、母に、
「こんなに真っ赤なお菓子なんか食べたらおなか壊します!」と注意され、結何一つ買っても
らえなかった……。道行く親子連れの子供は皆リンゴ飴や綿菓子などを親に買ってもらって
嬉しそうに食べているそれを見ながら幼い頃の田中は悔しがっていた……。
 大人になった今、【縁日】という俄か(にわか)の昭和のノスタルジーに引かれて(あの時食
べられなかったリンゴ飴を食べてみたい)と昔の出来事をふと思った田中は思わず買ってしま
ったのであった。
 田中は点検していた施設に戻り、買ってきたお好み焼きとお釣りを所長に渡した。
 所長は早速パックのふたを開け、お好み焼きを賞味していた。
「いつの時代でもお好み焼きの味は変わらないな」所長がつぶやいた。そして田中に対し
「お前はお菓子なんか買ったのか?」とからかわれた。
 田中は「はい、つい祭りの郷愁に引かれて……けどいつ行っても祭りはいいですね。そして
露店の味は永遠に変わらないですよ。日本人の心ですもの」と答えた。
「そうか……日本の味か……」所長はうなずいた。
 雲ひとつない日本晴れの秋の昼、2人の社員は「小さな日本の秋」を満喫したのであった。
【完】
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