6、プラネタリウム 「デートコース」
 今となってはプラネタリウムも当たり前の施設になってしまった感があるが、昭和30年代
ごろは、かなり珍しい施設であったといえる。
 東京都内では、昭和32年に渋谷駅前に開設された五島(ごとう)プラネタリウムが有名で
あった。立地上の利点から長い間若者のデートコースとして親しまれたが、残念ながら平
成13年に施設の老朽化などの理由で多くのファンに惜しまれながら閉館された。

 昭和30年代後半。都内に住む橋本香里・22歳。彼女も五島プラネタリウムをデートコース
として利用していた。香里は都内の大手商社に受付係として勤務していた。
 受付嬢なので、ルックスもスタイルも結構良く、彼女は男性社員から常に憧れの的であっ
た。もちろん香里にとっても男性社員からちやほやされるのも悪くないと思っているので、
性格的に嫌だとは思わない人なら付き合うことにしている。
 もっとも真にデートをするようにまで発展する人はそれほどいなかった。と言うのも彼女
は自分と同じ趣味の人ではないと嫌だというこだわりがあった。
 香里の趣味は天文観測である。といっても本格的な望遠鏡による観測ではなく、星座と
か流星とかのロマンチックな要素が含まれる程度のものである。
 昭和30年代ではまだまだ一般的な天文ファンは多くはなかった。けれど昭和33年4月19
日に日本で日食(正確には金環食)が観測されるということで、子供を中心に俄か天文フ
ァンが増えたのも事実である。
 香里も実は金環食を見て以来、天体のことについて興味を持ち始めた次第である。ま
あ、友人と一緒に五島プラネタリウムにイって、感動したことも理由に含まれるが。
 その時香里は(女友達ではなく彼氏と一緒に楽しめたらいいな……)と思ったのであった。
 当時は都会でも照明も少なく大気も澄んでいたので、今よりもはっきりと星が見えたらし
い。またプラネタリウム自体あまり知られてなく、「昼なのにわざわざ金を出して夜空の星を
観にいくのか?」と疑問視する人も少なくなかったらしい。

 香里はある程度デートを重ねた人とのデートコースの一番最後には、「プラネタリウムの
鑑賞」を入れるのである。
 香里からすると、プラネタリウムは、この場所を難なく過ごせばいわば彼氏として認められ
る【最終関門】と位置づけている。つまりプラネタリウムの中で投影中に居眠りをしたり退屈
そうな顔をした時点で【彼氏候補】から脱落するという方式である。特に男性にとっては暗
闇の中ではついつい居眠りをしたり邪な考えを持つ場合が多いのである。これは星空観測
が趣味ではないという理由も含まれる。
  プラネタリウムの存在と素晴らしさを知って以来、香里は今までに数人の社員とデートを
重ねたが、全てプラネタリウムで脱落してしまったのである。居眠りする人・尻を触ろうとし
た人はまだ許せるが、「トイレに行く」とか行ったままそのまま戻ってこなかったという非情
な人もいた。
 そういう人とは一切デートの誘いを断った。まあ、それまでの印象が高かった人も、いざ
プラネタリウムの試練で会えなく脱落するのはいささか悲しい気がしたが……。
 けど香里にとって男性の心の内を探るにはプラネタリウムでの行動が一番と思っていた
のである。

 1年後、こんな香里も福音が訪れたのである。
 新入社員の川口君がその人であった。入社早々香里に一目ぼれをし、そのまま勢いで
デートに誘われた。
 最初のうちは猪突猛進タイプの人かなと香里は心配していたが、食事に行ったり公園を
散策していくうちにだんだんと角が取れてきた感じがした。
 彼は何事にも全力投球するタイプでありながら根気もあるのであった。
 そして5回目のデートの時香里はいつもの通り渋谷の五島プラネタリウムに誘った。川口
君は香里が付きあった十人近くの男性と違い、投影中も興味深く星を眺めていて、挙句の
果てには解説員に質問までするのであった。
 香里は(これだけ天文に興味があるなら合格だな)と思った。
 それもそのはず、川口君は高校は天文同好会に所属し、大学では天文学を専攻してい
たのであった。
 個人でも小さいながら望遠鏡も所持し、都内で金環食が観測された時も大学の研究室で
観測と分析に携わっていたのであった。社会人になっても天文は趣味の一つとして続けて
いる。
 天文が趣味ということなので香里には十分すぎるお相手であった。ただ彼は研究まで係
わっていた人だったので素人の香里よりも数倍も天文に詳しいのは目に見えている。
 最近では香里のほうが天文の話題になると川口君の話についていけなくなることもある
が……。
【完】
参考資料:夕焼けの詩(小学館)
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