エコを訪ねて (「正反対でどこが悪い!」シリーズより ※みゅうさん主宰 図書館シリーズ参加作品)
中高一貫式の私立校、聖杖(せいじょう)学園。都市からやや離れた校外の自然豊かな丘の上に建つ伝統
のある名門高校だ。中高一貫式でありながら、高校生に関しては僅かながら門戸を開いており、全国各地か
ら毎年数名の生徒を特待生として招き入れ、中途編入者を受け入れている。
ある秋の日、今日も高校生が、特待生候補として聖杖学園にやってきた。
「ほう、ここが名門高校として名高い聖杖学園か。ここなら立地条件は最高だし、教師陣も一流だし……」
「ま、ウチの高校よりは綺麗だな、と!」
埼玉県立コシナマ高校からの特待生候補、島野涼子。高校一の優等生であるが故、コシナマ高校側も彼
女を手放すのは再三拒んだのだが、学園側の粘り強い交渉によって、何とか候補生の一人としてこぎつけた
経緯がある。
けど、実際にこの学校に来たのは、涼子一人ではない。親友の松田綾香と二人でここに来たのである。
親友と言っても綾香は涼子と同じような優等生ではない。涼子とはまるで正反対の問題生徒だ。スタイルも
服装も高校生の域を越し、トップモデルとしても通用するくらい。それと比例するように社交性も幅広く、一時期
は学校を休みがちである非行少女でもあった。けれど涼子と知り合うようになってからは、問題行動も減り、何
とか卒業が出来るレベルにまで回復しつつある。
何でそんな問題生徒がこの高校に来られるのかと言うと、理由は簡単。単に涼子が方向音痴な為、道案
内の為に連れて来たに過ぎない。なので綾香は、校舎には入れず、付随する校庭・体育館・図書館のみの
入場を許可されたと言う事だ。
校舎昇降口の前で、二人は別れた。
「じゃあ、説明会と体験授業を受けてくるから。4時に校門で」
「分った。あたしはこの辺でブラブラしているから」
一人校庭の入り口にぽつんと立つ綾香。校庭には誰もいない。と言うか一人でただ黙々と体を動かすことが
好きではない。しかも秋風が綾香を吹き付けてくる。真冬の北風ではないので、寒さで震えるまではないが、
薄手の制服ではやや身にしみる。
それなら図書館に行って、何かめぼしい本でも読んで時間を潰せば良いと思った。
校舎と別棟になっている図書館。一応外からも入れる構造になっている。綾香は図書館の中に入った。
真四角の建物になっている図書館。名門私立高校と言うだけあって、蔵書数が多い。司書の独断なのか、書
籍の他にも雑誌類が意外と充実している。
綾香は、早速雑誌の書棚からファッション系の雑誌を選び、椅子に座ってぱらぱらとページをめくった。
「ウチの学校にも置いてくれればいいのに」と思いながら見ていると、
(そう言えば、社会科のレポートがあったんだよな〜)
レポートと言っても、埼玉一の底辺高校であるコシナマ高校なので、生徒の学習レベルもたかが知れている。
数百枚のレポートは到底出せっこない。だから内容も通り一辺倒なものであれば単位は付けられるレベル。
けどそのレポート内容と言うのがまた難癖があるのだ。
題して【エコ問題について自由に考えよ】だ。どう考えても範囲が広すぎる。無駄な買い物をしない・電気はこま
めに消す・リサイクルをする といった内容から、国を挙げて二酸化炭素の排出量規制をすべきだ というレベルま
で様々だ。どういったものならレポートにふさわしいか…これが綾香の悩ますところだ。
いつもは友人の涼子に泣きの一押しをすれば何とかなるのだが、いくら優しい涼子でも、こう毎回教えてもらうの
も何だかバツが悪いし。
(ちょうどここは図書館だから、何か参考になる本があればいいけど。ま、他校の生徒だけど、ここにある本を見せ
てもらうだけなら……)
と思うと、受付にいる司書に話しかけて見た。
司書は見た感じ20代か30代、背は高いがグラマーではない。胸の所に【司書 片桐汀子】のネームバッジ。どこ
にでもいるお姉さんと言うよりかは、世の中の裏も表も知っている大人の女と言った方がいいかもしれない。
綾香は、
「あのう…ここの図書館で、エコについて書かれた分り易い本ってありますか?」
司書の片桐さんは、綾香の制服を見て、にこりと笑いながら
「あなたは、この学校の生徒さんではありませんね」
綾香はギクッとした。けどすかさず、
「この学校の特待生の友人で、付き添いに来ただけです……」と答えた。
「まあ、ここの図書館は入るだけなら誰でも大丈夫ですよ。確かエコに関する本を探しているとか……」
綾香は少しほっとすると、
「そうです。あたしバカだから、小学生でも分るような簡単なものでもいいです」
「それでしたなら、確か書庫の中にあった筈……昔の学習マンガのようなもので良かったら」
と答えると、片桐さんは図書館の隅にある司書室に入った。
「さあどうぞ。ここは別に関係者以外立入禁止ではありませんから」
そう言う片桐さんの声に、綾香は少し緊張しながら司書室に入る。学校以外なら持ち前の図太さで、どこでも構わ
ず侵入する事が出来るが、とかく教育関係になると急にチキンになる綾香。しかもここは全然知らない学校。不審者
ではないものの何となく居心地が良くない。
「さあ、こちらが書庫になります」
流石に名門高校の図書館だけあり、書庫だけでも結構広い。しかも書棚は可動式になっていて、見た目よりも沢山
の本がしまってある。
「確か中学部の教師が、教科書の参考用にと昔買った覚えがあるんだけど……」
と言いながら片桐さんは奥に入っていく。
奥の書棚には、教職員用の資料や古い書籍などが保管されている。ここの書棚だけ歴史が感じられるのが綾香に
も分かる。
良く見ると書籍の隙間から光が漏れている。ここはそんなに暗い部屋ではないが、はっきりと隙間から明るい光が
こぼれているのだ。
「あったあった。この書棚にあるので、自由に読んでいいから……」
その言葉を残し、片桐さんは書庫から出た。書庫にいるのは綾香一人。ただでさえ静かな図書館の中でとりわけ静
寂な部屋。綾香はその書棚に近づいた……。
「うわっ!眩しい!」
外は快晴なのか、それとも何かの閃光か、綾香は思わず目がくらんでしまった………。
「何だよ、いきなり眩しくなって、……って、ここはどこだ?」
意識が戻った綾香が立ち上がると、周囲を見渡した。
ここはさっきまでいた図書館ではない。その証拠に上を見ると真っ青に澄み切った空、足元は土ぼこりのする地面で、
黒々とした影ができている。
「あたし、知らない間に外に出てしまったみたい……」
さっきの閃光でまだ目が慣れていない。そうつぶやきながらゆっくりとした足取りで地面を歩く。けど、雰囲気がどこか
違う。学校の校門から出たにしては、地面が舗装されていない。朝通った緑の多い坂道ではない、ここは平坦な道で、
両側には小さな商店が並んでいる。
「そうか、ここは駅前商店街なんだな」
そう思ったが、何となくおかしい。綾香が見たことのない商品が並んでいる。通りを歩く人々の服装も皆地味で古ぼけ
た洋服を着ている。商店も魚屋や肉屋とかの木造の一軒屋ばかり……。
「なんだこりゃ!?」
綾香が目の当たりにしたのは電気店にある商品だった。ドアが一つしかない冷蔵庫、4本足で立っている白黒テレビ、
ハンドルがついている洗濯機……。これを見た瞬間自分自身が昭和の時代にタイムスリップしたと言う事をはじめて目
の当たりにした。
それもたった数分前の出来事に過ぎない、確か聖杖学園の図書館にある書庫でいきなり眩しい光を受けてから、この
時代に紛れ込んでしまったのだ。
「せっかくエコの事について調べようと思ったのに……こんな変な時代にタイムスリップされてしまったし」
とぶつくさ言いたい事を吐き出していると、ある一つのことを思いついた。
「図書館でこんな事が起こると言うと、ひょっとして、これってもしかしたら【本の中の世界】ってことになるんか?……けど、
こんな事って出来すぎだよね。映画やアニメじゃあるまいし」
夢にしては、エコについて調べると言うさっきまでの記憶も引きずっているからには夢ではない。としたら……。
けど頭のよくない綾香には、なぜそうなったのかという事を考えただけで頭がパンクしてしまうので、目の前の事実につ
いては一切触れず、「ま、いずれはさっきの図書館に戻るだろ」と言ういつもの【お気楽綾香モード】に戻っていた。
そんなこんなで、図書館に戻るまではこの時代の町でぶらぶらして、そのついでにエコについてのヒントがあれば、と相
変わらずののんきな考えで商店街を歩く綾香。
すると、平成時代とは違った昭和30年代の庶民の暮らしとその知恵が、綾香でも少しずつ見えてきたのだ。
まず最初に気がついたのは、この時代の主婦は、皆買い物用のかごを持って出かけ、少量の食料しか買わない事だ。
最初は綾香はわざわざ家からかごを持って行く事自体を不思議に思った。いつの時代に行ってもどんな国に行っても人
見知りをせず、積極的に人に聞く事が出来る性格。ちょうど買い物かごを持っている主婦がいたので、お得意の話術を駆
使して聞いてみた。
「ねえ、お姉さん、何故買い物するのに、わざわざかごを持っていくの?店でもらえるでしょ?」
するとその主婦は半分驚きながらも、綾香のグラマーな容姿とトップレベル相応の美貌を見て、どう判断したのか、
「あなた外国からの留学生?それにしても日本語が上手ですね。……日本では買い物をしても何も入れ物を用意してくれな
いので、みんな自分の家からかごを持っていくのよ。しかもこう見えてもこのかごは、通気性があり水がたまらないし、何回
も使えるので便利なのよ」
つまり、この時代はいわゆるレジ袋がなかったので、各人が買った物を入れる袋を用意していたのだ。
ずうずうしくも綾香は、その主婦の持っている買い物かごを覗き込んだ。すると中には竹の皮で包んだものが入っていた。
「これはお肉よ。そのほかに経木(きょうぎ)と言って木を薄く削ったものも食品を包むのに使ってるのよ」
当時は、今のようにトレーやビニール袋がなかったので、買い物の際にも食品を包むには竹の皮や経木が使われていた。
自然品をうまく使用したもので、再利用も可能であったし、使用後は風呂の焚き付けとしても使えた。
主婦は、興味津々に見ている綾香の姿に、ある種の親しみが感じたのか、それとも綾香を本当に留学生だと勘違いしてい
るのか、昭和30年代の庶民の暮らしについて色々教えてあげた。
例えば、着られなくなった衣類は下の子に【お下がり】として着せる、破れてもつぎはぎをする、それでも痛みが激しくなった
ら雑巾にして最後は風呂の焚き付けとして使い、完全に使い切る。
電気冷蔵庫が高価でかつシンプルだったので、長期間保存が出来ない事から、一日に必要な分を買い物して、食材は無駄
にせず、更に使える部位は全て使った。
冷房機器も今よりも貧弱だったので、夏はすだれや打ち水を使って暑さを凌ぎ、冬は重ね着や堀コタツを使うことで、少ない
エネルギーで効率よく暖まった。
夜更かしせず早寝早起きをするので、太陽のエネルギーをうまく使う事で無駄な電気を使わなかった。
……主婦が一生懸命に教える事柄を、綾香は手帳に書き込んだ。これら一つ一つがエコの一環だと思ったからだ。もちろん
これらの事柄は現代でも通用できる物もあるが、現在では考えられない内容もある。けど昭和30年代は、実際にこのような事
を生活の知恵としてごく普通に行われていたのだった。
「なるほどね〜。色々と工夫をしていたんだ。勉強になるなあ」
「まあ、私達にとっては、これらは普通のことなんですけど」
「お姉さんありがとう!」
綾香は軽く挨拶をして主婦と別れた。
昔の出来事と思いながらも、今と比べて暮らすには大変だけど、それなりに工夫していて、それでいながら知らず知らずにエ
コにつながる事をしているのだな。と 思った。
「…………あれ、あたし、さっきまで商店街の中にいたのに?」
綾香は書棚の隅で寝転がっていたのだ。さっきの閃光がきっかけで、夢か幻を見ていたのだろう。
(けど、夢にしてはいやにはっきりしていたな。確か昭和30年代の町にいて、地元の主婦と話をして、色々な生活の知恵につい
て説明してもらったっけ……)
司書の片桐さんも気づいたのか、
「そこの学生さん、まだここにいたのですね。いやに静かにしていたのでまさかとは思っていたけど」
「あ、すみません。とりあえずエコにつながるようなネタはみつかったので」
と言いながら、綾香はそそくさと司書室を後にした。
とりあえず図書館にはよそ者は居座らない方がいいと思い、外階段を降り、涼子との待ち合わせ場所である校門に向った。
夢での出来事について思い出しているうちに涼子がやってきた。すぐさま、
「今度のレポート、昭和30年代の暮らしとエコについて、あたしやってみるよ。あの時代って結構エコなことをしていたんだね」
「おやおや、あなたらしくない発言だこと。まあ、あの時代は庶民レベルとしてはリサイクルとか節約とかはしていたけれども、
もっと広い目で見れば、機械設備は技術が現在よりあまり進歩していなかったので、今と比べるとエネルギー効率の悪い機
械を使っていたから、一概にも昔の方がエコに優れているとはいえないけど……まあ、アヤちゃんが考えたにしてはなかなか
のものだね」
「これって、褒めてるの?」
コシナマ高校から来た2人は、いつものような会話をしながら聖杖学園を後にした。
聖杖学園図書館の司書室。午後4時を過ぎ、図書館を閉め、いつものように蔵書整理をする片桐さん。
「今日も貸し借りの冊数は少なかったね。若者の本離れって良く耳にするけど本当みたいだな……」と言いながら書庫に入る。
「さっきの生徒、きちんと書棚を締めないで帰っちゃったよ。まあ、ここに来る生徒は皆そうなんだけど……」
そう言いながら一番奥の書棚を目にすると、そこにははじめて目にする1冊の本。
「昭和の記憶 〜身近なエコを訪ねて〜」
(確か、あの生徒【エコ】について調べていたっけ……)
そう思いながらその本を手にとりながら、思わずニンマリとする片桐先生であった。
【完】
参考資料:探してみよう暮らしのキオク(愛知県師勝町教育委員会 編)