恋の芽生え?(「正反対でどこが悪い!」シリーズ その4)
埼玉県にあるとある私鉄。東京から50kmも離れている住宅地を走る路線のため、昼間はさほど
運転本数が多くないが、早朝は頻繁に運行し、都内へ向う通勤通学客等で大変混雑している。
この路線を、綾香と涼子は毎日使っている。毎日と言う事なので、必ず同じ発車時刻の10両編
成の電車の4号車に乗って学校に向っている。
涼子はともかく、綾香はモデルでも十分通用するくらいの人並み外れた美貌の持ち主なので、
同じ電車を乗る男性客の注目をいつも引いている。もちろんスケベそうなオヤジも大勢いるが、
そんなヤツはいつも無視。
「あたしは、オヤジなんて大大大ッキライなんだよ!」
「それは私も同じです。たとえ父親でも一緒に街は歩きたくないです」
「そーそー!キモい兄ちゃんならどーにか我慢できるけど、オヤジとジジイはもう絶対無理!島野
もそうだろ!」
と言ういつもながらの実のない会話を車内でも交わす2人だった。その2人の会話を毎日同じ電
車で聞いている男子高校生がいた。
電車に乗る事10分。2人は小さな駅で降りると、別の4両編成の始発電車に乗り替え、高校に向
かう。男子高校生はここでは降りず、同じ電車に乗ったままだ。違う高校に通っているのだから当
たり前なのだが。
その男子高校生、富田克俊君は、その10分間だけが一日のうちの至福の時間だ。何しろあの2
人が彼にとってど真ん中ストレートにタイプだからだ。
だから、毎日同じ発車時刻の電車に乗るのが日課になっている。早朝なのでひっきりなしに電車
が走っていて、実際には15分遅い電車に乗っても優々高校には間に合うのだが、2人の顔が見た
い為に早起きして、早い電車に乗っている。これが縁で友達になれば正に言う事なしなのだが……。
そんなある日、富田は2人に告白するチャンスが訪れた。……と言っても彼の夢の中だが!
……いつもの電車のいつもの車両で綾香と涼子が、いつもと同じような話をしている。
「昨日、また本木君と一発しちゃって、最高に良かったよー」
「いつも思うのだが、どうも私は本木君とは好きになれない。顔はまあまあイケテルけど、あの贅肉が
うっとうしいのよ」
「あたしはガリガリにやせているより、本木君のような少しぽっちゃりの方が好みなんだなー!」
「アヤってひょっとしてお相撲さんでもOKなの?」
「お相撲さんのブヨブヨ腹は最低!幾ら顔がイケメンでも引いちゃうって!柔道体型かラグビー体型な
らOKって所かな」
富田は身長180センチの85キログラム。相撲体型ではないが、どちらかと言うとラグビー体型だ。身
長があるので外見からはがっちりに見える。
(そうか、がっちりがタイプなんだな……)
その直後電車の急ブレーキがかかり、立っている乗客は一斉に体がよろける。富田は運良くと言うか
偶然と言うか、よろけた弾みで綾香の肩に当たった。
「…すみません」
「いいえ、あたしは平気よ……って、あなた結構いいセンいってんじゃない!」
「いつもお2人の話を聞いていました。僕は埼玉の高校に通う富田って言います……」
「富田さん、ですね。私はコシナマ高校に通う島野、こっちの美人さんは私の友人の松田……」
「ア ヤ カ よ!よろしくっ!」
「松田さんに島野さんですね。はじめまして。実は僕……」
その直後目覚まし時計のベルが鳴った。
あれは、夢だったのか……。せっかくコシナマ高校に通う島野さんと松田アヤカさんに近づける事が出
来たのに……」
けど、起床直前の夢は正夢になるかも知れない、と思いふと時計を見ると、7時を回っている。2人が乗
る電車があと20分で発車してしまう!
富田は大急ぎで着替え、朝食もろくにとらないまま、大急ぎで駅に向かった。駅までは自転車なので、
ある程度スピードを出せば5分くらいは遅れを取り戻せる。普段あまり通らない近道を進み、渋滞の車の
間を縫って、いつもとほとんど同じ時刻に駅に到着した。
適当に駐輪場に自転車を止め、改札を通る。そうしているうちにいつもの電車が駅にやってきた。
必死でホームの階段を降り、いつもの4両目の車両に滑りこむ。富田が電車の中に入った瞬間に電車
のドアが閉まった。
(間に合った……)
大急ぎで走ったので今もなお心臓がドキドキする。ふと見上げるとそこにはいつもの2人……。
「ぎりぎりセーフでしたね」
「ああ、いつも乗る電車に間に合って本当に助かった……って、あなたは?」
「ねえ、あなた結構いいセンいってんじゃない!」
「アヤさん、見ず知らずの高校生に対して失礼でしょ!…この通り私の友人は自由奔放で垢抜けているの
で、あなたには不愉快になってしまったでしょう」
「いえいえ、いつも同じ電車でお2人のやりとりを聞いていたので全く大丈夫です……」
(夢と同じ展開になってきた……)
正夢とは本当にあるものだ、と富田は思った。
3人は手身近に自己紹介をすると、
「実は僕、仲の良いお2人の事をいつも見ていて、ずっと気になっていました。こんな僕で良かったら……」
「いいわよ。見た感じ真面目そうな方ですので、付き合うくらいなら。ねえ、アヤさん」
「って、スタイルもいいから、あたしはチマチマ付き合うよりはヤル方が好きだな」
「まったく、アヤったら!……ってそろそろ乗り換え駅よ。まあ顔の割にはふしだらな相方ですけど、気に入っ
てくれるなら……」
「島野、幾らなんでも『顔の割にはふしだらな』って何だ!「かわいくてプロポーション抜群の」の間違いじゃな
いの!」
富田はまるで漫才をしているかのようなやり取りをしている2人の姿に少し戸惑いながらも、心の中でガッツ
ポーズをした。
2人が電車から降り、隣のホームに止まっている4両編成の電車に乗り込む姿を見ながら、(本当にあの子
達って不思議な魅力があるんだな〜)と思う富田であった。
【続く】
光GENJI「Hurry Up」より (花南様主宰 「音楽をお題に小説を書く企画」参加作品)