クラシック鑑賞会 (「正反対でどこが悪い!」シリーズ その2)
埼玉県立コシナマ高校。
この学校で有名人的存在な二人、松田綾香と島野涼子。
学校一の美女でありながら、学校一問題児である綾香、方や生徒会長で学校一の秀才の涼子。相変わらず
二人は元気だ。
涼子の努力により最近では綾香の不登校もなくなり、授業にも少しずつ真面目に取り組むようになった。
しかし綾香にとって退屈な行事がもうすぐ開かれ、憂鬱になりはじめてるという。
これは【音楽鑑賞会】である。ロックやポップスならまだ良いけど、今回はクラシックである。クラシックに縁遠い
生活を送っていたので、どうも歌の無い音楽は眠くなってしまう……。
けど全員参加となっているし、鑑賞した感想文がそのまま音楽の期末テストの代わりなるという。もはや逃げる
事も出来ない。
そうなると、綾香のお得意のパターンが始まるのは言うまでもなく、友人であり助け舟である涼子に対し、数多
い手段の中から【泣き落とし】のカードを切った。
「涼子ちゃん。……今度の音楽鑑賞会には、どうしても出なくちゃいけないんだよね」
「当然だ。これが音楽のテストの代わりになるのだから」
「そこでだけど〜、あたしの分も感想を書いてくれないかな〜」
「幾らなんでもそれは無理だ。カンニングと同じだし」
「そこを何とかお願いしますだ〜。お代官様!」
「……あんた、泣き落としをするに時代劇まで使う気?……まあ仕方ない」
「やったね!持つべきものは友なんだな〜」
「今回はあなたの為に特別に鑑賞会の予行練習をしてあげるから、その時に感じた事を書けば良いんじゃない
のか?」
「んでもって、今度の鑑賞会に聴く曲なんか知っているのか」
「伊達に生徒会長をしていない。実は主催者から生徒会だけに、特別に教えてもらったんだ!」
「ありがたやありがたや。さすがは生徒会長様!」
「おだてるのはまだ早いって」
放課後、2人はいつものだべり場所である屋上に行かずに電車でまっすぐ2人の家のある町に向かった。そして
涼子の家に着いた。
「なんだ、あんたの家じゃないの」
「当たり前だ。今からその曲を二人で聴くのだから」
「本当はカッコいい男の子と聴きたいけど、ま、いいか」
涼子の部屋は綺麗に整理整頓していて、机の上には難しそうな本や辞書が並んでいる。そして向かい側には
ミニコンポが鎮座され、その脇にはたくさんのCDが棚一杯に整理されている。
「へ〜、意外と良いステレオもって居るジャン!けどCDは……あたいの知らないものばかり……」
綾香が唖然となるのも無理は無い。涼子はクラシックが好きで、持っているCDのほとんどがクラシックだ。中学
の頃は吹奏楽部にも入っていたくらいだ。
「確か私も一枚持っていたような気が……あったあった」
CDには白髪のおじいさんが棒を振っている写真が入っていた。
「あんたはこんなヨボヨボの爺さんが好みなのか?」
「バカ!この写真の人は指揮者だ。私もこの人目当てでCDを買ったのではない」
このCDはドヴォルザーク作曲・交響曲第9番『新世界より』だ。有名な楽曲で初心者からファンの方まで親しま
れている名曲である。
涼子はCDをセットした。部屋に寝転がっている綾香は、何処から持ってきたのかポテトチップスを食べ始めている。
約1分後、スピーカーから急に大音量が流れた。
「いきなりなんなんだよ!急にでかい音出しやがって!」綾香は苛立ち始めた。
「この曲が、今度の音楽鑑賞会で演奏する予定の、『新世界より』だ。ちなみにこのCDは一流の指揮者と楽団によ
る演奏なので、きちんと楽譜どおりに演奏している。交響曲というのはそういう音楽なんだ」涼子は説明した。
「まああたしはバリバリのロックのように大音量で演奏しているのが好きだな」
「この曲の主題は比較的迫力があるから、綾香ちゃんでも付いていけるのでは?」
涼子にとっては、こうして友人とクラシックを聴くのも、たまにはいいものだと感じた。まあ綾香のチャチャや素朴な
疑問は時折割り込んでくるが……。
第一楽章が終わるや否や、
「これで終わりか?!」
「違う。この曲は4楽章まである。大体45分くらいかな?」
「まだまだ道のりは長いな〜」
第二楽章が始まると、また綾香の駄弁りが始まった。
「この音楽知ってる!林間学校のキャンプファイヤーで歌ったのと同じ」
「その通り。キャンプファイヤーで良く使われる曲は〔遠き山に日は落ちて〕だな。一般的には〔家路より〕という曲
で知られている」
「またお得意の薀蓄か……けどこのメロディーを聴くと林間学校のときを思い出すな〜」
「はいはい、その時の自慢話は曲が終わってからゆ〜っくり聞いて上げますよ」
この曲は第2・第4楽章の主題が殊に有名である。普段クラシックを聴かない人でも旋律を聴けば知っていると
答えるであろう。よしんば綾香もこの曲のよさを少しは分かってくれるであろう。
第4楽章に入るとまた同じように、
「あ、この曲も知っている!CMで使われたでしょ!」
「そうだ。色々なCMで使われているな」
「こういうものばかりなら親しみやすくて良いんだけどな〜」
「まあ、クラシックの有名なメロディーはCMやテレビ番組で使われることが多いから、何の曲が使われているか探し
てみるのも良いかもな」
涼子にとっては少しでも綾香がクラシックに興味を持てば、と思い答えてみた。しかし3歩進むと忘れてしまう綾香
に果たして通用するかどうか?
やっと第4楽章も演奏を終えた。涼子は久しぶりに聴いたのか名演奏に酔いしれている。一方綾香はというと……
「まあまあだったな。途中キャンプファイヤーとCMソングが使われたところがあったから分かりやすかったし」
「あんたの感想としてはまあまあといった感じ。何も書かないで出すよりはるかにましだ。あとそれにいくつか書き足
せば立派なものになるな。あと音楽鑑賞会では今日のような私語はしちゃだめだよ!」
「ありがと。さて曲も聴き終わったことだし、ポテトチップスも食べ終えたし、帰るとするか!」
「ちょっと、キャンプファイヤーの思い出話は?私は聞きたいな」
「またいつか屋上で話すよ!」
という言葉を残し、綾香は涼子の部屋を後にした。
(これでアヤちゃんがクラシックが少しでも好きになればいいな……)
一人になった涼子はそう思いながら、今度はベートーヴェンのCDをセットした。
そして演奏鑑賞会当日。
オーケストラによる映画音楽やアニメ音楽メドレーと、涼子の予想通り〔新世界より〕が演奏された。
しかし肝心の〔新世界より〕は時間の関係により有名な第2・第4楽章のみの演奏になった。けどCDで聴くよりもは
るかに迫力があって、涼子は勿論綾香も楽しめた。
綾香は、予め予行練習をしてもらったっことで〔新世界より〕も退屈することなく聴き入る事が出来た。
そして肝心の感想文はというと……
『……〔新世界より〕は有名な音楽でとても迫力がありクラシックの奥深さを感じ取れました。けど私としては第2楽章と
第4楽章だけでは少し物足りなかったです……』
それを見た音楽教師は、綾香の変貌に驚いた。彼女は進歩を遂げたと言ってもふさわしいものと判断し、何の躊躇な
く5段階中4の評価を挙げたのは言うまでも無い。
数日後。
「あんたのおかげで、音楽のテスト【4】の評価をもらったよ!」
「おめでとう!これも私のおかげだね。……でもって林間学校の思い出は?」
「あんた、まだ覚えていたの?分かったよ、今からあんたがイヤと言うまで延々と聞かせてあげるから……」
屋上での二人の話は、今日も夕方まで続いた。
【完】
ドヴォルザーク作曲・交響曲第9番『新世界より』